優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品の制作者に対して、その努力を称えることを目的とする。

  本年度は 2 月 16日 (金)に選考が行われた。第一次審査として、常勤の教員が展示会(2/14〜2/16)にて公開された設計図面に基づき審査し投票した。午後の発表会に引き続き、第二次審査を常勤の教員および計画系非常勤講師・招へい教員 11名により行った。なお、第二次審査では、講評対象作品の選定と作品ごとの意見交換までは学生に公開している。第二次審査の経過を以下に記す。
初めに、午前中に実施された第一次審査の投票で 2 票以上の得票を得た作品と得票数を公表した。例年 3 票以上を得た作品を講評対象としており、今年度もこの方針に従い 17作品について講評文を作成することとした。第二次審査に移り、各作品について評価するべき点、不十分な点を整理した。学生の退出後、受賞候補作品を絞るための投票を挙手にて行った結果、8作品を受賞候補とした。
続いて、これら 8 作品を対象に作品ごとの特徴について意見交換を行い、4 作品を最優秀賞・優秀賞の対象とした。さらに、当該の 4 作品について意見交換と挙手による投票を行い、最多得票を得た 1 作品を最優秀賞とし、残る 3 作品を優秀賞として以下のように決定した。
【選考方法】
 選考は第一次審査と第二次審査の二段階で行う。一次審査により講評対象作品を、二次審査により最優秀賞・優秀賞作品の選定を行う。選考の対象は卒業研究提出日に提出された設計図面である。ただし、一次審査においては模型および展示講評会における質疑応答を評価の参考とし、二次審査においては一次審査の評価項目に加え、卒業設計発表会におけるプレゼンテーションを評価の参考とする。
【一次審査】
 建築工学部門所属の全教員が、各自最大5作品を選び、それぞれに1票を投じ、得票数の多い作品から十数点を講評対象作品とする。
【二次審査】
 建築工学部門所属の全教員および計画系非常勤講師・招聘教員が、一次審査の結果と公開審査を経て投票を行ない、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

・李 蔚:九分藝壇-An Encounter Between Village and Art

【卒業設計優秀賞】(名簿順)

・会田 壮汰:ふるまいの進化論

・寺岡 知輝:空き家と主とかり主たち 縮小住宅街における空き家の半解体と再構築の提案

・M田 智大:野生ノ都市像 −インフラ集積に住まう未来−



【全体講評】
コロナ禍が収束して様々な制約がなくなった上での今年度の卒業設計であった。卒業論文も提出しなければならないという時間的制約があるというハンディの中で,注目すべき作品が数多く見られたのは学生諸君の日々の精進と努力の結果と大いに讃えたい。 今年度は学生数とくに計画系学生が増えたことから、2Fと8Fの二部屋を使用した展示会を企画した。計画系の教員にとっては準備の負担が増えたわけであるが、結果として充実した展示会となり非常勤の先生方にも好評であった。構造系・環境系の学生の皆さんも1時間のコアタイムには全員集まってのポスターセッションをしていただき、計画系学生に劣らずの受け答えができており盛会であった。ただ、テーマが文化施設(とくに図書館)に偏っていたことは否めず、また専門であるはずの構造設計や環境設計に大胆に挑戦した作品が少ないことは今後の課題と感じた。
計画系の学生作品を見ると,例年通り住宅からまちづくりまで多岐に及んでおり、テーマとして興味深いものが多かった。とくに卒業論文でフィールドとした場所や自らの問題意識に即した提案が目を引いた一方で、環境問題、防災やユニバーサルデザインといった社会問題へ目配りした作品が少ないことは気になった。午後の発表会では5分という短い発表時間にも関わらず、誌的な言葉を紡いだ魅力的なプレゼンテーションに溢れていて好感をもった。それらの力作の中から賞に選ばれた4作品は、今までにない取り組みを自らの内部で昇華しきった作品であり、それぞれの作者の力量が感じられ共感を呼んだ。とくに最優秀賞の李さんの作品は、観光地のオーバーツーリズムへの提案という面では若干物足りないと指摘されたものの、12枚という圧倒的な作図量と緻密な図面表現には目を見張るものがあった。優秀賞の3作品は、インフラとの共存という従来の建築設計ではあまり取り上げられていない分野に挑戦したもの、卒業論文での研究をより深めたデザインのもの、ダーウィンという一個人を取り上げながらも一般化を目指した提案が秀逸なものであり、単にコンセプトやデザインが優れているだけではない非常に個性あふれる作品が選考されている。
選考会での意見や講評をお聞きしていて、卒業設計を進める過程の途中でのネガティブな意見も聞いた上での、それでも是非このデザインをしたいのだという熱意が必要だと改めて思った。独りよがりな提案には誰も興味をそそられないからである。計画系の皆さんの作品は今後、学外の講評会、コンクール、展覧会などでも同じように批評されることになろうが、幅広い価値観に触れる機会でもあるので、ネガティブな意見を忌避するのではなく積極的に吸収していってほしい。 以上,いろいろ苦言も呈したが,卒業設計を無事に終えた皆さんの前には厳しい実社会の壁が立ちはだかっている。それらに負けることのないよう今後のより一層の研鑽を期待したい。

【講評】
この作品は、台湾北部に位置する九分の町の歴史的遺産と風光明媚な景観を活かし、現代アーティストと観光客の参加を通じて地元住民の間で失われつつある文化の再興を目指す試みである。本作品の核となる魅力は、地理的調査から創出された99の形態モデルによって、九分の空間的特質を精緻に捉えたことにある。これらのモデルは、建築空間における非凡なガイドラインとなり、建築物がその周囲の景観との調和を保ちつつ、地域の歴史及び文化を体現する上で重要な役割を果たしている。設計されたアーティスト・イン・レジデンスは、九分の複雑な高低差と狭隘な街路を巧みに活用し、設計者の創造性が映し出された多様な要素が凝縮されている。こうして生みだされた空間は、九分の歴史的背景と現代性、観光業と地元コミュニティの交差点であり、その複雑な相互関係を見事に表現している。一方で、アーティストと観光業の新たな可能性に関する踏み込んだ提案に至っていない点について惜しまれる。九分の文化的再活性化を実現するには、地元コミュニティと観光客双方の間で新しい関係性を築くことが不可欠であり、「九分藝壇」は九分の歴史と景観を讃え、アーティストを介して住民と観光客の間で新たな文化的対話を促進する可能性を秘めている。

【講評】
この作品は、人間のふるまいと建築形態との関係性を新たな視点から解釈する試みである。人々のふるまいが既存の建築形態に制約されているという課題に着目し、それを逆手にとって、ふるまいから新たな建築形態を生み出すという提案を行っている。一見すると、アクティビティから空間を設計するという既存手法とも捉えられるが、進化論の提唱者であるチャールズ・ダーウィンのふるまいと自邸を対象としたことで、ダーウィンの40年間ほぼ同じ生活を続けた中に潜む創造性と可能性を探求し、空間を形成するアプローチがユニークである。個人のルーティンや行動パターンを言語化し、巧みな形態操作によって、建築設計の新たな可能性が模索されている点は高く評価できる。惜しむらくは、「進化論=ダーウィン」にとどまらず、空間とふるまいの相互作用に焦点を当てた進化の可能性についても考察する余地があったかもしれない。総じて、「ふるまいの進化論」は建築とふるまいの関係性に新たな視点を提供し、創造性と可能性を探求する意欲的な試みであり、今後の展開に期待が寄せられる作品である。

【講評】
愛媛県新居浜市にある元社宅団地の松の木地区は、同様なユニットの戸建て住宅が建てられており、団地内には多くの空き地と空き家が存在する。このような縮小住宅街の空き地は、新たな入居者で埋められる可能性は低く、街に寂しい光景をもたらす。
作者は、空き家の一部を解体し、空き地に再構築する方法を構想し、縮小住宅街の空き家問題に対する新たな提案を試みている。さらに、敷地に対する調査結果をベースに、空き家の所有者を、「空き家の近所に住む人、遠方に住む人、不明」に分類して再構築と利用管理のストーリーを構想している点、解体時の部材を再活用した提案を試みた点は、高く評価できる。ただし、空き家の所有者の条件のみを考慮して提案に至っているため、個々の空き家に対する提案に留まっている。住宅街全体が一つの住居のようにするに空き家をどう解体して再構築すべきかを提案するには、区画単位や地区全体に対する空き家・空き地の状況や周辺環境の条件を踏めての考察が必要になると考える。

【講評】
現在の都市は、個々の所有によって身の周りが決定され、その範囲にあるものにしか責任を持たない。本案は、身の回りが限定される現代都市の仕組みに問題意識を抱き、インプラを軸として資源を共有することによって、身の周りの範囲が個々の所有に限定されない新たな都市像を試みた。また、共有資源となるインプラとして、「下水処理施設、風力発電施設、リサイクル施設、ゴミ処理施設、雨水貯水施設、浄水施設」を取り上げ、それぞれのインプラに住居がどう関わっていて増殖していくかを構想し、デザインに落とし込んでいる。インプラの周辺に住居を置くだけではなく、複数のインプラの仕組みを理解し、その資源を共同利用する際の住居空間と共用空間のあり方まで工夫している点は高く評価できる。ただし、6つのインプラのエリア同士の関わり方や全体としてのストーリーが欠けている。インプラ資源を共有する提案の上に、ここでの住まいによって一般的な住まいと異なる何が起きるのか、ここだからこそ得られる経験や住民同士の関係性、などについて更なる考察と説明が必要である。それが加われば、狩猟・採集の時代のように「身の回り」を感じる新たな住まいの提案としてより共感が得られると考える。