優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品の制作者に対して、その努力を称えることを目的とする。

  本年度は 2 月 18 日(金)に選考が行われた。第一次審査として、常勤の教員が展示会(2/15〜2/18)にて公開された設計図面に基づき審査し投票した。なお、本年度は期日前投票を実施していない。
午後の発表会に引き続き、第二次審査を常勤の教員および計画系非常勤講師 6 名により行った。なお、第二次審査では、講評対象作品の選定と作品ごとの意見交換までは学生に公開している。第二次審査の経過を以下に記す。
初めに、午前中に実施された第一次審査の投票で 1 票以上の得票を得た作品と得票数を公表した。例年 3 票以上を得た作品を講評対象としており、今年度もこの方針に従い 9 作品について講評文を作成することとした。
また、これらの 9 作品を受賞候補とした。第二次審査は常勤教員および非常勤講師により、受賞候補 9 作品を対象に作品ごとの特徴について意見交換を行い、評価するべき点、不十分な点を整理した上で、6 作品へと絞り込んだ。
その後、6 作品について意見交換を行い、挙手による投票の結果、6 作品の中から 4 作品を最優秀賞・優秀賞の対象とした。
さらに、当該の 4 作品について挙手による投票を行い、最多得票を得た 1 作品を最優秀賞とし、残る 3 作品を優秀賞として以下のように決定した。
【選考方法】
 選考は第一次審査と第二次審査の二段階で行う。一次審査により講評対象作品を、二次審査により最優秀賞・優秀賞作品の選定を行う。選考の対象は卒業研究提出日に提出された設計図面である。ただし、一次審査においては模型および展示講評会における質疑応答を評価の参考とし、二次審査においては一次審査の評価項目に加え、卒業設計発表会におけるプレゼンテーションを評価の参考とする。
【一次審査】
 建築工学部門所属の全教員が、各自最大5作品を選び、それぞれに1票を投じ、得票数の多い作品から十数点を講評対象作品とする。
【二次審査】
 建築工学部門所属の全教員および計画系非常勤講師・招聘教員が、一次審査の結果と公開審査を経て投票を行ない、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

・柴垣 志保:パラール 2022

【卒業設計優秀賞】(名簿順)

・岸本 晃司:帯の幅ほどある街で 福井県坂井市三国町における三国祭の「山車蔵」の点在性を活かした街づくりの提案

・小高 朋海:Vividly House

・中野 雄介:大地の子 ―真田山の昔と今とこれからを走り続ける空間―



【全体講評】
今年も昨年に続きコロナ禍での実施となったが、それにもかかわらず個性的で、質の高い優れた作品が多くみられた。
卒業設計は自らが設計の課題を決め、それに対して自らが解を出すことになる。ここで重要なのは課題設定における質の高さと、その課題に対してどれだけ深く掘り下げて考えたかといった層の厚さか評価を左右することになる。ただ阪大では卒業設計と同時に卒業論文も提出しなければならない。一方で、そのことを好機と捉えれば、課題の深度を深めることも可能である。
近年の傾向として卒業論文の内容がうまく設計提案に活かされている作品が多く見られるようになった。少子高齢化が課題となる地方都市を「祭」という断面で提案したものや、DIY 活動とコミュニティの関係分析から具体的な提案に活かしたもの、小学校の3つの校庭を斜面地の地形から読みといたもの、動物園の研究をもとに人と動物の境界の在り方をテーマにしたものなど、4 年次に取り組んだ研究全体を 1 つの卒業設計の課題として捉えた点に特徴がある。
ただこれまでと大きく異なったのは、阪神大震災のすぐ後に地元商店街が取り組んだパラールという仮設市場における過去の文脈を読み解きながら、多くの関係者との交流を重ね、地域の人々を動かして、小さなテント張りの展示施設を実際の建築プロジェクトとして再現させたもので、再開発地の壁面に浮かび上がった施設の陰影が幻のパラールを彷彿とさせて審査員の共感を得ることとなった。卒業設計として提出した作品はプロジェクトの活動記録とそのインスタレーションで、そこには再現性の議論はあるものの、これからの卒業設計の新たな形を示すものとして高く評価された。
このように卒業設計の形や内容は時代とともに大きく変容してきている。かつては大規模な建築物の具体的な設計図面によるデザイン提案が一般的であったが、最近ではそのような作品は影を潜め、独自の社会性を内包する組織や人々をテーマにしたもの、個人の内面や生活に根差した風景をテーマとしたものが多くを占めるようになった。そして今回具体的な設計活動の実践、或いはまちづくり活動の行為そのものが、卒業設計として評価されることになった。これは日本社会が成熟期を過ぎ、脱成長の新たなステージに移行する中で建築家や建築技術者に求められる役割が大きく変化していることも関係している。このような時代を背景に若い人たちがこれから何を考え、社会に何を求めるのか、未来につながる広い視野と確かな見識を持って旅立っていって欲しい。今後一層の研鑽を期待する。

【講評】
 柴垣さんは、阪神淡路大震災の被災地に再構築された都市空間に強い疑問を感じ、4年生の春の頃から復興されたエリアを歩き続け、地域の人々へのインタビューを繰り返してきた。人が空間に身を置いたときに感じる違和感や喪失感とは何かについてゼミなどを通して報告してくれた。私の理解では、喪失されたものは、震災より随分以前から人々の暮らしを成立させてきた空間構成原理であり、小さな風景や大きな風景の中に記憶と身体的な経験が刻み込まれる(人と構築環境との間の)原理であるように思う。
作者はついに人々の記憶の中の「パラール」と出会う。「パラール」は、震災前から地域の様々な立場の人々が積み重ねてきた街のビジョンが具現化されたものであり、崩壊した街の記憶や身体的経験の集積であったが、仮設店舗であるが故に撤去され、一人ひとりの暮らしの中に断片化されてしまった。周囲では大型ビルの建設が進み、断片化に追い討ちをかけた。
「パラール 2022」は微かに残る断片を、作者が一つひとつ丁寧に「代弁」し、再統合させたものである。「生きた空間」とは、空間の形が変わり、人々が入れ替わったとしても、日々の協働と共感によって、記憶と身体的経験が持続的に更新され続ける空間を指すのであろう。地域の人々やキーパーソンから託された大切な原理を作者がこれからも生かし続けることで、「建築」や「建築デザイン」の概念を拡張してくれることを期待している。

【講評】
 出身地である福井県坂井市三国町には三国祭という大きな祭りがある。江戸時代には北前船で栄えた地域も少子高齢化で祭りの担い手が減少していて祭りの存続の危機にさらされている。17の区が数年ごとに山車を出し、町内を巡行し、三国神社に奉納する。この祭りを持続するために現状の課題を卒業論文で取り組み、卒業設計で提案を行った。着目した点は山車蔵とそれに付属する区民館といった公共空間である。蔵はハレの場でしか使われないのでケの場として日常的に活用するためこれまで町にない公共機能を分散して配置し、各区の個性をつくりだそうとした。また各区のハレのネットワークとケのネットワークを一致させる提案をした。そのことで各区のアイデンティティを高めるだけでなく祭り全体のアイデンティティも高め、祭りの持続さらには町の持続を企図した。
卒業論文から長時間住民にインタビューをしてきたこともあり、祭りや区の課題を明らかにして、常に町全体を意識し、各蔵の関係性を読み解き、日常(ケ)に落とし込んだこと、17の区の蔵をそれぞれ設計し地区らしさをつくりだそうとした点は評価できる。一方でいずれも人と人とが交流することが主たる目的になるはずであるが、小さな建築だからこそ人と人との関係を空間に落とし込んで設計すべきであるが、そのレベルまで設計できていない点が惜しまれる。

【講評】
大阪府貝塚市のため池のほとりに、6人の架空の人物が住む多様な空間をもつ集合住宅=住宅群を設計した作品である。その空間は一気に立ち上がるものではなく、レンズ型のフットプリントと斜めの壁柱を基本システムとして、住み手が増えるごとに新たな住戸が形成され、既存の空間も変化していくプロセスがデザインされている。6人が住むようになった集合住宅全体は陸に打ち上げられた大きな船のようで、斜めの壁柱には木造船の肋材を想起させるところがある。住空間の内部や住戸どうしの関係のこまやかなデザインが、大きな魅力として評価できる。
この作品の根底にある小高さんの問題意識は、現代日本社会の住宅があまりにも一つの住戸の中に閉じていることへの違和感、それと関係して彼女が自己と社会の関係のつくり方に不安を感じた経験、そもそも自分が自分として生きるとはどういうことかという根源的な問いから出発している。その問いについて考えをめぐらし続けた結果、自己の生は他者との関係を通じて実感できることだという答えに至り、自己と他者の関係についての6つの経験を投影してこの集合住宅をつくりあげた。したがって、ここに住む6人には小高さん自身の人格の一部がそれぞれ潜んでいると考えられ、この集合住宅は彼女の人格の6つの面を住まわせる家なのである。「VividlyHouse」というタイトルには「生き生きと(副詞)住まわせよ(動詞)」という意味を読み取ることができ、その対象は明言されないが「自分自身を」という言葉が浮かび上がる。

【講評】
対象とする大阪市真田山地区はかつて多くの社会空間関係資本があり、子どもたちがその間を駆け巡っていた。それが1995年以降の都心回帰によって高層マンションが林立し、地面に接するその資本が減少し、なおかつ児童の増加のため小学校の増築によりグランドが縮小した。こうした背景を踏まえ、貴重な上町大地の斜面地に着目し、新しい社会空間関係資本を作ろうとし、子どものアクティビティに注目した。
3つの建築物それぞれに完成度の高い迫力のある建築物を細部に至るまで緻密に設計できている点、すなわちそれぞれのアクティブティを空間に落とし込み、さまざまな場所で多様な社会空間関係資本ができている点を評価する。一方で個々の建築の魅力はあるが、それぞれの周辺や関係性が読み取れないため個々が独立した建築に見えてしまう点が惜しまれる。またそれとも関連するがそれぞれが作り込みすぎているようにみえ貴重な大地を埋め尽くすような建築が適切であったのか疑問が残る。