優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品の制作者に対して、その努力を称えることを目的とする。

 本年度は2月21日(金)に選考が行われた。第一次審査として、常勤の教員が展示会(2/18〜2/21)にて公開された設計図面に基づき審査し投票した。なお、本年度は期日前投票を実施していない。
 午後の発表会に引き続き、第二次審査を常勤の教員および計画系非常勤講師5名により行った。なお、第二次審査では、講評対象作品の選定と作品ごとの意見交換までは学生に公開している。第二次審査の経過を以下に記す。
 第一次審査の結果について、3票以上の得票があった作品を公表した。例年3票以上を得た作品を講評対象としており、本年度も3票以上を得た11作品をまず受賞候補とした。なお、今年度においては賞の対象外とされた1作品も講評対象として加えることとし、計12品を講評対象とした。
 次に、これら受章候補11作品の中から意見交換を行い、6作品に候補を絞り、より詳細に各作品の評価すべき点などについて意見交換を行った。そして、これら6作品について挙手による投票を行い、4作品を最優秀賞・優秀賞の対象とした。
 最終的に4作品について挙手による投票を行ない、最多得票を得た1作品を最優秀賞とし、残る3作品を優秀賞として以下のように決定した。

【選考方法】
 選考は第一次審査と第二次審査の二段階で行う。一次審査により講評対象作品を、二次審査により最優秀賞・優秀賞作品の選定を行う。選考の対象は卒業研究提出日に提出された設計図面である。ただし、一次審査においては模型および展示講評会における質疑応答を評価の参考とし、二次審査においては一次審査の評価項目に加え、卒業設計発表会におけるプレゼンテーションを評価の参考とする。
【一次審査】
 建築工学部門所属の全教員が、各自最大5作品を選び、それぞれに1票を投じ、得票数の多い作品から十数点を講評対象作品とする。
【二次審査】
 建築工学部門所属の全教員および計画系非常勤講師・招聘教員が、一次審査の結果と公開審査を経て投票を行ない、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

・大谷 望:HOUSE O -多様な住まい像と不変性-

【卒業設計優秀賞】(名簿順)

・岡崎 あかね:個と孤が連なって

・亀田 菜央:経験を描く -まちそのものになる-

・西丸 美愛子:万物流転 -変容するコミュニケーションのかたち-



【全体講評】
 今年は例年になく、テーマの設定が優れた作品が多く見られた。移転したコミュニティが受け継ぐべきものは何か、いかに地域に潜在する環境や社会の固有性を空間化するのか、現代のまちなかの生業はどのような空間の型を生み出しうるのか、大災害により断片化された建築をいかにしてコミュニティの再形成のよりしろとするのか、それぞれの作者が異なる局面を扱いながら、(地域)社会と空間との根源的な形成原理を解こうとしており、多くの重要な示唆を与える作品に仕上がっていた。
 また、自然や生態系を再生するための建築形態を構成しようとするもの、「劇場」を軸に都市街区の空間組織を再編成しようとするもの、子どもの遊びの連鎖からリノベーションのあり方を解いたもの、単身者用住戸の連携から新たな集合住宅の型を見出したもの、情報空間におけるコミュニケーションの構造を建築化したもの、新旧の産業や暮らしのつながりからスラブの立体構成を立ち上げたもの、それらを視線の回廊に可視化したものなど、建築・都市の新しい形態や空間構成を追求した成果はいずれも特筆するべきものであった。
 例年にない特徴は、自身や他者の「私的」な内面から空間を構築しようとする作品に優れたものが多かったことである。個性的な住まい像を一つ一つ丁寧に空間化し、それらを自身の共感の原理をもとに集合化(普遍化)したもの、家族との大切な記憶を空間に身体化し、地域社会に共有しようとするもの、自分自身を再発見するプロセスを空間に造形したもの。いずれも、私的な「何か」をいかに共感に導き、積み重ねることにより、普遍性や公共性を獲得することが目指されているようであり、それは作者のもつ物語の創造力や空間の造形力によって実現されている。
 テーマ設定の良さは、今や大阪大学の強みになった感がある。それは、卒業設計に並行して卒業論文に取り組み、様々な社会課題や建築デザインのあり方を議論している賜物でもあろう。また、デザインセンスの良さも評価できるものである。ただし、卒業設計としては密度の薄さ、物量や迫力に物足りなさを感じる面もあり、今後の発展を大いに期待したい。また、環境系の学生からは環境工学的な検討に基づく提案がされており、今後も構造系を含め、それぞれの専門分野から、建築のデザインや生産システムのあり方を革新するような取り組みが期待される。

【講評】
 個々の具体的な住まい像は,他者にとって抽象的である。しかし,他者の住まいのイメージから自身の暮らしの原風景が顕在化する時がある。この作品は,329人の多様な住まい像の解釈から導き出された「モチーフ・空間たちあがりモデル(10モデル)」と「住まい像空間モデル(20モデル)」と「住まい像モデル(1モデル)」で表現された作品である。
 「モチーフ・空間たちあがりモデル」は,雑誌記事の文字が本や椅子,壁やキッチンなどが記事上でたちあがる。これは,文字からイメージされる暮らしの部位が大谷さんの解釈によりモデル化され,具体性と抽象性が同居した秀逸な表現がなされている。「住まい像空間モデル」は,記事執筆者たちの具体的な言説から立脚したモチーフと空間から再構成された空間モデルである。これらのアウトプットは,大谷望さんと記事執筆者との住まい像に対する対話が可視化され,具象・抽象の両側面からの批評性を持った表現として高く評価できる。
 そして,言説・翻訳されたモチーフモデル・空間モデル,これら複数形の住まい像要素の総体として「住まい像モデル」が提示される。「住まい像モデル」は,解釈する側によって,まだ見ぬ住まい像を含めた多様な住まい像の定義を情景として想起させる空間となっている。
 大谷望さんは,「住まい像の不変性」とは個々の住み方のコンテクストであると自覚した。自身の専門性から立脚し,捉えたコンテクストの慣性力の先にある「これからの住まい像」を具体的に社会に照射する術を楽しみにしたい。

【講評】
 この作品は都会で働く4人の個性的な住人が暮らす単身者集合住宅の提案である。ここで描かれる住人は周りの状況にどう対処したら良いかを悩む絵本作家や日々の人づきあいが不器用なフォトグラファー、他者に気を使う「自分」とそれに嫌悪する「自分」が同居しているような、実は誰もが持っているコミュニケーションに対する何らかの「不安」がこの作品のテーマの1つでもある。それはジャン・ピエール・ジュネがパリのモンマルトルで描いた「ちょっと風変わりなアメリ」のアパルトマンのように、都会で生きる現代人の憂鬱を建築空間に重ねることでリリカルで洗練された独自の世界を造ることに成功している。ここでその住戸は互いに異なる別の住戸に隣接する組み合わせとして、最小の色の数を証明する四色問題のように、立体的な位相関係の中に設計されており、絶妙なバランスで住人の「個」を織り込みながら上階へと積み上げられる。ここで秀逸なのは、その過程でどの色にも属さない「よはく(パブリック)」と呼ばれるもう一つの領域が生まれることにある。ここに作者が提示したタイトルである「個(性)」と「孤(立)」を繋ぐ四色問題は5m×5mの極めてシンプルな矩形の中にもう一つの領域を見出すことによって、今までに見たこともない新たな解(建築)を導いている。

【講評】
 スケッチやドローイングは,その手の動きによって無意識が意識化される時がある。本作品は故郷にある小学校の特別教室を,場所と季節の特徴から抽出された場所に点在させた計画である。選ばれた4箇所の敷地要素は丁寧に解読され,特別教室の使い方と重ねることで潜在する敷地要素が生き生きとした空間・場所に生まれ変わっている。例えば,稲穂が揺れる風が通り抜ける溜池と田んぼの間の畦道が,音を運ぶ風に呼応する空間として立ち上がり音楽室となっている。さらに,空間の天端は,向かい合う神社の境内の高さと揃うことで,この場所の見える要素と見えない要素を織り混ぜた空間として導き出している。場所を主語とし,潜在する場所の要素と使い方を呼び水に空間化する大変優れた手法を用いた作品として着地している。また,幼い頃のまちでの経験を補助線に,場所の要素を新たな経験の場・空間として秀逸なドローイングで描きだしており,自由で伸びやかな表現の中に,楽器や身体,所作や場所の要素に関わる寸法から裏付けされた,場所の詳細図としての魅力も備わっている。
 まちの日常の風景を更新する楽しい場面たちと,その総体としてのまち全体を描いたドローイング。本作品は,実際にまちの小学生たちにみてもらい,会話し,一緒に遊び,その後に,再度描かれる時に完成するのかもしれない。

【講評】
 SNS 等のインターネットを介したコミュニケーションは、やがて現実世界でのコミュニケーションと融合すると作者は感じている。そして、2つのコミュニケーションにおける様々な状況を、建築言語を用いて視覚化した上で、融合プロセスの考察を試みた。
 形のない行為を単純な空間表現に翻訳することには、行為が持つ意味や可能性を矮小化してしまう危険性がある。一方で、強制的な転換が全く新しい視座を引き出す可能性も考えられる。実際、ツイッターの世界にある「階段」とは?などと考え出すとやめられなくなる。考えさせる作品となり得たのは、コミュニケーションを空間化するという戦略が奏功したからだといえよう。大胆な図面構成と緻密な描写により、自らのアイディアが的確に表現されており、作者の力量が感じられる。また、迫力のある表現は、見る者を引き込むのにも一役買っている。
 ただし、視覚化された建築をもっと大胆なデザインとすることによって、未来の可能性をさらに広げることができたかもしれない。SNS が現実世界で大きな役割を果たした「アラブの春」から9年になる。コミュニケーションの融合は既に進んでいるという指摘もあろう。このような課題はあるものの、本作品は作者の意欲的な取り組みが高く評価され、本年度の卒業設計優秀賞を受賞した。