優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品の制作者に対して、その努力を称えることを目的とする。

 本年度は2月23日(金)に選考が行われた。第一次審査として常勤教員が展示会(2/21〜2/23)にて公開された設計図面に基づき審査し、一人当たり最大5作品に投票した。その後、非常勤講師を交えて設計発表会(2/23午後)を実施した。
 発表会に引き続き第一次審査を常勤教員および非常勤講師により行った。初めに午前中の投票で1票以上の得票を得た作品の得票数を公表した。12票2作品、7票1作品、6票1作品、5票1作品、6票2作品、3票4作品、2票5作品、1票6作品であった。3票以上の11作品に2票2作品、1票1作品を加えた計14作品を講評対象とし、第二次審査の対象とした。
 第二次審査は常勤教員および非常勤講師により、上記14作品を対象に作品ごとの特徴について意見交換を行い、評価するべき点、不十分な点を整理した上で、挙手により再度投票を行った結果、14票2作品、7票1作品、6票1作品、4票1作品、1票3作品となり、4票以上を獲得した5作品を優秀賞とした。さらに14票2作品について再度挙手による投票を行った結果、得票数の多い1作品を最優秀賞とした。

【選考方法】
 選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面についてであり、模型ならびに発表会でのプレゼンテーションは参考にとどめる。選考は一次審査と二次審査の二段階で行う。
【第一次審査】
 建築工学科目の常勤教員全員により、各自が最大5作品を選び、それぞれに1票を投じる。
【第二次審査】
 一次審査の得票数の多い作品から十数点を対象として、常勤教員に建築設計担当の非常勤講師を加えて協議し、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

・江端 木環:まちの見え方が変わった、ある建築女子学生のものがたり -自分史の建築的表現-

【卒業設計優秀賞】(名簿順)

・円田 翔太:護岸転成 -現代における親水空間の再構築-

・北村 政尚:ラングとパロール

・林 和典:遊廻する村役場 -移動する木造仮設ユニット-

・川崎 衣里永:甦蹟に誘われて -地形が肯定し続ける界隈性-

 

【全体講評】
 例年通り,卒業論文も提出しなければならないという時間的制約があるというハンディの中で,注目すべき作品が数多く見られたのは,学生諸君の日々の精進と努力の結果と大いに讃えたい。
 今年度の作品を見ると,例年通り住宅からまちづくりまで多岐に及んでおり、テーマとして興味深いものが多かった。ただ,都心部のビルやコンテナを再利用する提案という類似のテーマも散見され,新しいテーマの創出が難しくなってきているとも感じた。昨今では外部の展示講評会も花盛りの中,情報過多という弊害もあるが,自らの感性をより磨くことの重要性を指摘したい。
 その一方で、設計の深度に少し物足りない作品も目立ったという印象を受けた。自分で表現したかっかことをやり切った感が溢れている作品はよいのだが,少し考えたら現段階では課題が多々あるものの少しの修正で遥かによくなるであろう作品を目にするにつれ,もっと早くからの取り組みを教員など他者とのやりとりを通して深めてほしいと思う。
 さて,今年度は以上のように多様性のある作品が集まったことから第1次投票の得票数もかなり分散しており,そのために卒業設計賞の選考もかなり苦労することになった。とくに最優秀賞となった江端さんの作品はまちづくり系の作品で,建築計画で高く評価された他の作品と最後まで争った。「卒業設計」か「卒業制作」かという議論は,まちづくりのような建築の設計からは若干外れる作品が少数例ではなく一定数を占めるまでになってきて,その作品に得票が集まってきている昨今の現状を表している。その場合,まちの課題を建築で解決しうる範囲は捉えがたいことから評価も難しいことから今後も議論すべき課題と考える。
 いずれにせよ皆さんの作品は,これから学内外の講評会,コンクール,展覧会などでも評価されることになろうが,それらの場に対して“傾向と対策”という視野で取り組むのではなく,あくまでより深く思考した結果としての評価を得る場と考えてほしい。
 以上,いろいろ苦言も呈したが,無事卒業研究を終えた皆さんの前には,厳しい実社会の壁が立ちはだかっている。それに負けることのないように今後のより一層の研鑽を期待したい。

【講評】
 自身の興味の延長で夢中に取り組んだテーマに限定すれば,どんな学生でも専門家の資質を有する。
 建築に冷めていた江端さんが研究室に所属し,まちづくり,フィールドワークを通して経験してきた「まち」を自分史になぞらえて「街並み」として表現している。まち並みの立面と模型で表現されている起伏は,建築に対するモチベーションを示し,徐々に色づく街並みは,調査を通して徐々に見えてきた「まち」の見え方を表現している。
 「自分史」という等身大の作品性が前面に出ている作品だが,評価すべき点は,見事な描画力と模型表現はもちろんのこと,その細部に記述される地域固有のまちの要素や人と営みの関係性を捉え「メガネ(専門性)」を通して建築分野における「まちづくり」の専門性としての知識と役割を表現している点である。幼い頃の故郷での「まちづくり」経験の原風景を,これからの経験で消化し,いつの日か故郷に専門家として寄与できる日に期待する。

【講評】
 この提案は,日常利用される木津川沿いの既存の渡船場に対し,新たな親水性を建築によって創り出そうとする計画である。
 渡船場は,水際の安全性を担保する護岸によって親水性が分断されている。安全性と親水性,既存護岸を一切触らずにこの二律背反を建築によって新たな関係性を創り出している秀作である。潮の干満によって動線が変化するスロープ構成や渡船するためだけでない,用途の設定による場の形成,護岸を跨ぐ屋根の造形等,護岸を跨ぎ,繋ぎ空間として一体化する構成と水を関連させながら構想されている点が高く評価できる。
 本作品は,空間とその操作手法の高い完成度にも関わらず講評会において議論を生まなかった。空間の完結性が高すぎた側面が議論を生まなかった要因かもしれない。それぞれの渡船場の後背地における地域固有のコンテクストが空間と時間(未来への射程距離)に反映され,日常の暮らしの受け皿となる場のあり方が丁寧に描き出されたとき,本作品は多角的な批評性ある側面を獲得できるかもしれない。

【講評】
 この作品は原広司が指摘した大都市の高密で均質な空間を低密でポーラスな空間に置き換えるためのプロセスである。ここで作者は構造主義的な立場で建築をラングと見なし、パロールとエクリチュールの関連を切断して再構築することを提案する。それはこれまでの社会の階層構造が高度情報化社会の到来によって崩壊し、無階層の情報が空間を支配することを意味する。そしてダイソンが語った「チューリングの大聖堂」のように、これまでの空間、時間、建築といった旧来の概念は消失し、溢れ出しや界隈性のような聞きなれた建築用語も姿を消して、ただ意味を持たない「タグ」の集合がそれぞれの立場と形態を置き換えながら新たな秩序を構築していく。そしてこの作品に最後に求められるものは「電気羊の夢」を実現することなのかもしれない。

【講評】
 林業地である奈良県十津川村の新しい村役場の提案である。十津川村は2011年の大水害によって甚大な被害を受け,村と地元の職方の主導により,木造仮設住宅を建設した経緯がある。
 提案は,木造仮設住宅の工法を用いた移動ができる仮設木造ユニット空間と固定された常設木造ユニットで計画されている。各木造ユニットは,既存の役場機能の面積が担保された低層で配置され,現在の役場敷地の斜面地特性を活かした配置計画がされており,斜面地集落のように立体感ある風景を創り出している。
 ユニット内の空間の多様性やユニット間の外部空間での様々な利用の計画に検討の余地が残るものの,移動するユニットが広大な村面積である村内を巡回するシステムや役場の役場のみの機能を超えた開かれた役場提案が十津川村の固有の地域性から成り立たそうとする点において高く評価できる。そして,2011年の大水害とそれに伴う木造仮設住宅が十津川村の新たな風土として捉えられている事を示している。

【講評】
 天上川であった旧湊川沿いには,元の河川形状に沿って神戸市有数の賑わいある商店街が形成されている。日常の商店街の風景の中に河川遺構として,商店街の裏のレンガ塀,石垣の法面,道の高低差などが残っている。
 提案は,自転車や植木,商品のダンボールの道への溢れ出しや商店の屋根など,商店街の日常風景をつぶさに読み取り,それらの溢れ出しを肯定するように棚や屋根,洗濯紐がかけられる。ダンボール,植木や地形の細かな寸歩が抑えられ日常風景のヒューマンスケールにもとづいた提案がされている。
 かつての地形の跡に人の利用が作り出す日常風景を拡張する提案は,遺構という過去と現在を利用という提案によって同居させ,商店街の新しい界隈性の輪郭を浮かび上がらせている。何気ない提案が時間を接続する計画となっている事,その世界観が模型とパネルに秀逸に表現されている点が高く評価できる。
 今にでもできる提案である。提案が小さなアクションから具現化していく事を期待したい。