優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品の制作者に対して、その努力を称えることを目的とする。

 本年度は2月24日(金)に選考が行われた。第一次審査として、常勤の教員が展示会(2/22〜2/24)にて公開された設計図面に基づき審査し投票した。
 午後の発表会に引き続き、第二次審査を常勤の教員および計画系非常勤講師3名により行った。なお、第二次審査では、講評対象作品の選定と作品ごとの意見交換までは学生に公開している。第二次審査の経過を以下に記す。
・まず、第一次審査の結果について、2票以上の得票を得た作品を公表した。例年3票以上を得た作品を講評対象としているが、2票の得票を得た作品も含めて検討した結果、今年度も3票以上を得た10作品を講評対象として選定した。
・次に、これら10作品の中から意見交換を行い6票以上の得票を得た8作品を受賞対象候補とし、より詳細に各作品の評価すべき点などについて意見交換を行った。そしてこれら8作品について挙手による投票を行い、5作品を最優秀賞・優秀賞の対象とした。
・最終的に5作品について(該当無しを含む)挙手による投票を行ない、最多得票を得た1作品を最優秀賞とし、残る4作品を優秀賞として以下のように決定した。

【選考方法】
 選考は第一次審査と第二次審査の二段階で行う。一次審査により講評対象作品を、二次審査により最優秀賞・優秀賞作品の選定を行う。選考の対象は卒業研究提出日に提出された設計図面である。ただし、一次審査においては模型および展示講評会における質疑応答を評価の参考とし、二次審査においては一次審査の評価項目に加え、卒業設計発表会におけるプレゼンテーションを評価の参考とする。
【一次審査】
 建築工学部門所属の全教員が、各自最大5作品を選び、それぞれに1票を投じ、得票数の多い作品から十数点を講評対象作品とする。
【二次審査】
 建築工学部門所属の全教員および計画系非常勤講師・招聘教員が、一次審査の結果と公開審査を経て投票を行ない、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

安平 雅史:建築が生まれるとき

【卒業設計優秀賞】(名簿順)

・木下 美佳:学校畔道

・小竹 輝彰:Zipangu −難民たちの理想郷−

・澤地 祐輔:物の家

・孫 菁瑶:柒合院

 

【全体講評】
 今年も最優秀賞を決める投票の前に「大阪大学の代表として相応しい作品」の条件について最後の意見交換がされた。この時点で絞り込まれた5作品は、いずれもデザイン力、テーマ性、社会性について十分な出来栄えであった。子どもの登下校の軸線を立体的に増幅し、大地震からの復興を促そうとする提案、難民の抑圧された暮らしの物語を正逆反転させるための革新的建築の提案、多民族の共生を伝統建築の再生の課題とともに重層的に解こうとする提案、ゼロから人々との対話を立ち上げ相互浸透的に公共建築を導くデザインプロセスの提案、認知症高齢者の記憶の再生という視点から新たな住宅デザインの方法論を提示する提案。いずれも現代の都市・地域における重要な人や社会の課題解決に正面から挑み、非凡なデザイン力が発揮された作品ばかりであった。
 それでも最終的な選考には作品の「社会性」が決め手となった。本当にその建築が地域の人々にとって受け入れられる形態なのだろうか、その建築における人々の暮らしはコミュニティから疎遠になってはいないだろか。設計者が良かれと思って提案したつもりでも、設計者に思いもよらいないところで問題の指摘を受けてしまった。
 現代はまさに大災害からの復興やコミュニティの衰退への対応、立場の異なる人々の相互理解といった重大な社会的課題が山積する時代であり、この時代背景が(設計者が望む望まずにかかわらず)卒業設計により高度な「社会性」を問いかけてくる。
 だからこそ、案を早い段階からまとめ、様々な人々の批評にさらしながら、案を更新しグレードアップし続けていくことが必要であろう。最優秀作品は、そういった意味でも私たちに貴重な示唆を与えるものであった。
 以上の他にも、ポテンシャルの高い作品がいくつか見られた。人の行動や出会いの本質から新たな空間編成の展開を試みたもの、生態系や水系と暮らしの文化との応答を空間で体現しようとするもの、産業遺産となった建築とインフラに新たな生業を立ち上げようとするもの等々、テーマ設定やデザインセンスの良さは評価できるものである。ただし、卒業設計としては密度の薄さや展開力の物足りなさを感じる面もあり、今後の研鑽を大いに期待したい。また、環境系の学生からは環境工学的な検討に基づく提案がされており、今後も構造系を含め、それぞれの専門分野から、建築のデザインや生産システムのあり方を革新するような取り組みが期待される。

【講評】
 瀬戸内海に面する過疎の町で、高齢者福祉施設を軸とした地域の拠点を提案する作品である。過疎の町という状況や高齢者施設というビルディングタイプには特に目新しさはない。様々な配慮が求められるはずの内部空間や、建物のデザインも粗削りなままで洗練されているとは言い難い。にもかかわらず、本作品は今年度の卒業設計賞最優秀賞に選定された。その最大の理由は設計プロセスにあった。
 作者は祖父母が住むというこの町を敷地に選び、高齢者施設の提案を行うことに決めた後、その提案を町の現実に即したよりリアルな提案にしたいと考えた。そこで1ヶ月近く町に滞在し、まちなかで「ひとりワークショップ」ともいえる活動を展開した。町に暮らす人々との日々の対話を通して、住民が本当に望むものを探りながら設計を進めるという、武者修行のような活動に挑んだのだ。目論見通りに多くの住民からのフィードバックを得て、土地に関する理解をより深め、交流拠点となる食堂や広場の計画に反映させることができた。
 最優秀賞の獲得は、その卓越した行動力が高く評価された結果である。これまで卒業設計の評価軸として用いられてきた価値観を軽々と超越し、そこに一石を投じる結果となった作品として本作品は記憶に留められよう。得難い経験は、これからの作者の設計活動にも大きな影響をおよぼすことになるものと思われる。今後の更なる飛躍を期待したい。

【講評】
 まず何と言っても作者の圧倒的な描画力はこれまで見た卒業設計作品の中でもトップクラスである。さてこの作品は長閑な田園風景が広がる子供たちの通学路に突然蜃気楼のように現れた仮設の小学校である。場所は熊本県益城町。昨年の大震災で被災したこの地域は1年が経過した現在も復興はあまり進んでいない。崩れ落ちた家屋が残る風景の中で、悲しい記憶と将来への不安は今も仮設住宅で暮らす住民の生活に暗い影を落としている。この施設は震災によって部分的に使えなくなった小学校を補完し、辛い思いをした子供達を励ますために建設された臨時の学校施設でもある。急ごしらえのためアドホックな印象を受けるが構造的には十分計算されている。そこには作者の優しい思いと様々な工夫が凝らされている。起伏のあるアーチ状の建築は背景の山並みに調和し、教室はこの上ない明るい光と輝きに溢れている。辛い時期だからこそ、束の間の夢の世界は現実となって傷ついた子供達の心を救う契機になって欲しいと願っている。また子供たちの笑顔が被災した住民を勇気づけてくれることを願っている。
 やがて町が復興し住民の生活に日常が戻った時この施設の役目も終わることになる。ただ子供達にとって、この通学路で学んだ記憶はタルコフスキーが描いた「ノスタルジア」のラストシーンで現れる大聖堂のように故郷の風景の一つとして活き続けるであろう。

【講評】
 日本における難民が難民認定を受けてから3年間、暮らし、働き、学ぶ場の計画である。かつて難民を受け入れていた西日本入国管理センター跡地に、稲作から酒造りまで行う就業施設と居住空間、診療所、教室、食堂等が地形の尾根線上をトレースしながら配置されている。尾根線上に立地する建築の屋根によって集水される新たな水脈の軸線を創りだし、かつて水田として利用されていた土地利用のコンテクストを再構築した解き方は、ランドスケープデザインへのアプローチとして興味深い。また、地形を反転させた屋根のもとで営まれる難民の日常は、難民に抱く認識と立場を反転という建築手法によって見事に表現している。各施設を繋ぐアクティビティやそこに創出されるコミュニティの質が見えてこない点が惜しまれるが、「難民」に対する問題意識を建築的な反転手法によって浮かびあがらせるだけでなく、建築手法による造形とシステムを見いだそうする萌芽的な側面も伺える作品として秀逸にまとめられている。

【講評】
 本設計は認知症の祖母と祖父が最期を迎えるための家である。家は無くなったがかつて住んでいた地に家族の思い出が共有され使われてきた「物」を手掛かりに新たに空間を構築する計画である。「物」にかつての場所の記憶を宿すことから、「物」をその場所に置くことで場所の意味を浮かび上がらせ、「物」の体験(当時のふるまいや人体寸法等)を板状のスラブに表現することで空間化していく作業を行っている。スラブを含む「物」が行動を誘発し、やがて認知症が進行したときに祖母の部屋に集められたその「物」が安心感を与える意味に変わり、「物」に囲まれて最期を迎える。
 卒業論文では認知症高齢者の「物」の意味を考察し、その知見を卒業設計に発揮した作品である。「物」を手掛かりにしたきめ細かな空間の操作を行い、認知症の祖母と祖父のための家を構成し直した点が評価できる。

【講評】
 この作品は北京の歴史保存地区に計画された集合住宅の提案である。広大な国土を持つ多民族国家である中国にとって、北京には異なる宗教や文化、生活習慣を持つ多くの人々が肩を寄せ合って暮らしている。高度経済成長を遂げた現代中国にあって、この地区は保存地区でありながらも、地方から職を求めて集まった多くの人々が狭い路地奥に暮らしており、その居住環境は極めて悪い。
 この作品は中国の伝統建築様式である四合院の形式を用いながらも7つの民族が共に暮らすことが出来る集合住宅のデザインを細心の注意を払って設計している。ここで作者が多様な民族の対立と融和に真摯に向き合っている点で高く評価したい。4つの中庭に面する7つの家族はそれぞれの文化習慣に配慮して配置され、王澍を彷彿とさせるリズミカルな大屋根で拡張された2階部分に交流を促す共用空間を連続させることで独自の建築形態を生みだしている。またそのデザインは周囲の歴史保存地区に溶け込みながらも新たな建築様式を提示していて秀逸である。