優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品を制作した学生を称えることを目的とする。

 本年度は2月28日(金)に選考が行われた。第一次審査として常勤の教員と5名の非常勤講師等が午前中の展示講評会で各作品を審査し投票した。次に午後5時より9階製図室にて常勤の教員と5名の非常勤講師等による第二次審査を公開にて行った。まず、第一次審査の投票結果が報告され、協議の結果、得票数が3票以上の上位作品を講評対象とし、さらに5票以上の上位10作品に加え審査員から推薦された2作品の計12作品を第二次審査対象とした。次いで審査対象作品それぞれについて審査員による意見交換を行った後、常勤の教員による協議の結果、計5作品(注)を受賞候補とした。さらに最優秀賞に値する作品について意見交換を行い、最終的に次のように受賞作品を決定した。

 注:後日、採点集計に間違いがあり、協議の結果、卒業設計優秀賞に和田一馬君を追加する措置とした。したがって、卒業設計優秀賞は4名から1名増えて計5作品となっている。

【選考方法】
 選考は一次審査と二次審査の二段階で行う。選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面である。ただし、一次審査においては模型および展示講評会における質疑応答を評価の参考とし、二次審査においては一次審査の評価項目に加え、卒業設計発表会におけるプレゼンテーションを評価の参考とする。
【第一次審査】
 建築工学科目常勤の教員全員と建築設計担当の非常勤講師により、各自が最大5作品を選び、それぞれに1票を投じる。
【第二次審査】
 一次審査の得票数の多い作品から十数点を対象として、常勤教員の協議により、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

矢吹和也:14.53 ―5つの記憶の物語―

【卒業設計優秀賞】(名簿順)
・井上舞:AROUND THE ARCH

・江口圭介:じゃんぐるしょうがっこう

・坂下栄里香:地車街道

・和田一馬:BISCUIT

・安福和弘:倉庫の黙示
 

【全体講評】
 構成力、デザイン力、テーマ設定・問題意識、社会性、構造との一体性、図面の完成度、全国的評価に耐えうるか。これらは二次選考の際、上位の作品各々の何が優れているかを議論した際に出てきた項目である。理想的には多くの項目をカバーする総合性が必要であるが、過去歴代の「名作」を思い起こせば、(図面の完成度は前提として)これらの一つか二つが圧倒的にずば抜けている作品が印象に残っている。
 今年の特徴は、一つが良くても、他の項目が大きく足を引っ張ってしまう案が目立った。デザイン力があっても、デザインの内容がテーマと矛盾し、空間を開く方向を間違えたり、スケールアウトするなどして社会性を損なっていた。
 建築は常に「仮設」である。足りないものがあったとしても、まずは一旦建ち上げ、それを体験し社会に置くことで、問題がわかり修正されていく。デザインプロセスでも同じである。少しでも早く一旦形にしてしまい、自分も含め、周りの目にさらすことで、様々な矛盾に気づくであろう。作品をフィックスさせる前の仮設・改善・仮設・改善のサイクルを増やして欲しい。
 後から全作品を見直してみて、もう一点、付け加えるべき項目に気づいた。対象の冷静な分析である。敷地と周辺地域における課題の分析、町や空間の形成原理の理解、空間や場所のポテンシャルの解読などができている作品はコンセプトや設計の内容に厚みがあるし、大きな矛盾も生じていないことがわかった。卒業論文の成果を活用している作品は特に強みがある。今後は、構造系、環境系の学生にも、それぞれの専門分野から、既存の構造体や周辺地域の特性を分析し、設計に生かすような取り組みに期待したい。

【講評】
 この作品は日本の高度経済成長を支えてきた産業遺構を作者の既知体験をもとに形象化したもので5つのエピソードによって語られている。1つ1つは点として独立した断片的な風景であり、作者はおそらくその断片に潜む異物感が何を意味するのかを知らずに幼年期を過ごしたであろう。この作品ではその断片を機能を持たないフォリーとして形態化することで、建築空間の中に昇華している。冒頭に見られる膨大なスナップショットとそれに続く5つのエピソードで語られるモノクロームの世界は作者自身の個人的な詩的表象として、或は人々の記憶の集積として、かつてタルコフスキーが「ストーカ」で描いたゾーンをみているように儚くも美しい。しかしやがて一連の異なる断片を線で繋いだ時、それがある1つの意図をもつ企みであったことに気づかされる。すなわちこれまで馴染んできた断片は14.53kmの巨大なベルトコンベアの軌跡として姿を現すことになる。これはかつて株式会社神戸市と呼ばれ、山を削り、海を埋め立てて広大な敷地を造成するために用いられた産業装置であり、作者自身が生まれ育ったニュータウンを築いたマザーマシンであり、同時に緑豊かな自然を破壊した象徴ででもあった。しかし今はその全容を見ることはできない。その功罪は善悪の彼岸にある。そしてこの作品は我々がすでに忘れてしまった過去の輝かしい栄華と取り返しのつかない過ちを見つめ直す黙示録でもある。

【講評】
 転勤族が多い都市である博多の中心部に、一般的なマンションではなかなか地域と関係がもちにくい転勤族の家族のためのコレクティブハウスと、彼らが働ける店や商業施設を組み合わせた新しいタイプの都市施設の提案である。街は定住者のものだけではない。短期滞在者や数年だけ居住する人々は都市を特徴付ける人々であり、短期であるが(逆に短期であるからこその多様で貴重な人的資源と考え)、彼らが地域と積極的に関われるような居住形態・都市施設のあり方を考えるというテーマ設定は非常に魅力的である。また、図書を共有する居住の様子や、住居空間と商業が組合わされたアーチの断面と、それをくぐり抜けていく空間構成は面白く、新しい都市体験の可能性を感じる。ただ、背景やプログラムについてサーベイ不足・説明不足であり、何よりも、この建物と博多の中心地区の既存の都市空間やアクティビティとの関係、街路に対してどのような表情を向けるべきかの検討があまりに少なすぎるのが残念である。

【講評】
 空き教室が増えた既存小学校の校舎に、500mmグリッドの可変性のある巨大なジャングルジムを挿入するという提案である。実際の小学校のリノベーションでは、空き空間に住民施設や福祉施設などの用途を持ち込み利用する場合が多いのに対し、この提案では、あくまでも子供達の空間として活用することにこだわる点に特徴がある。ゆとりのできた校舎内に大小様々なジャングルジムが置かれることによって、学びと遊びとを一体的に体験できる空間が作り出されている。可変式ユニットの安全性、既存校舎や外部空間との関係性、ファサードデザインなど様々な課題もあるが、たまにはこんなリノベーションがあってもいいと思わせる提案になった。黒板を模した図面表現も、提案にマッチした楽しげな表現になっている。こうした点が評価されて、本作品は卒業設計賞優秀賞を受賞した。

【講評】
 近年、断片的に休耕田が住宅地として開発され、その住宅地に住み始めた新しい住民と、農地の東西のムラに住む住民の交流がほとんどない堺市西区太平寺地区において、太平寺地区を含む地域で行われていた練物(屋台行列)が起源とされるだんじり祭りに関わる建築群を計画することで、新住民と旧住民の交流を創出しようとする提案である。太平寺地区の現状や、だんじり祭りに関わる1年間のスケジュールなどを十分に調査したうえで計画提案されており、社会的意義や計画意図が明確である点は高く評価される。一方で、具体的な建築設計については課題が残る。例えば、だんじり祭りの際に山車が通る東西の直線道路沿いに高さ3mのデッキが長さ400mに渡って計画されているが、既存の建物との関係や、「農」の風景との関係、山車とデッキ上の人の視線の関係など、さらなる検討が必要である。このように建築物の設計では課題が残るが、地域の現状を十分に調査したうえで、明確な計画意図をもったストーリーは評価に値する。

【講評】
 この作品は独特の形態を持つ居住空間が集積した集合住宅の提案である。ここでは画一化された規格が支配する一般の集合住宅とは異なり、モザイク状に散りばめられた集積にはそこで暮らす住民たちの生活が生き々々と描かれていて好感が持てる。全体構成も緻密に計画配置され建築造形として極めて秀逸である。また繊細な色使いと丁寧な表現は高く評価したい。ただ作者は何故この住宅を提案したのか、この設計をするに至った動機が語られていない。現時点では個々の住宅におけるアクティビティを個別に示すだけにとどまっており、このような集合体においてしかも個性的な住民たちが織り成す数えきれないハプニングやドラマは語られていない。たとえば猫好きの家の猫が水槽のある家の魚を食べてしまうことや、星を眺める部屋に信仰心の熱い住民が訪ねてくることがあるかもしれない。人と人の触れ合いの中にこの作品の本当の価値があるように思う。論理的でフィジカルな説明よりはむしろ少し非現実的ではあっても少しだけ人のこころを動かす無数の小さなストーリーが加わることでこの作品は飛躍的に良くなると思われる。

【講評】
 北山杉林業を生業とする中川集落の入り口に建つ木造倉庫群。生業の盛衰を映し、圧倒的な美しさの一方で、売れ残った丸太とともに既に時間が澱み始めている。そして何十年か先の未来に古びたこの倉庫群に出会った。その歴史をたどり、よどんだ時間を解放し、先の未来に集落の記憶を継承するために、倉庫の修復と再生を計画した。長く閉ざされた空間を開き、幾重にも使われた痕跡を光と空気の流れに読み替えて再構成し、蓄積された時間を変わらない山の風景を手がかりに再生する:この3つのコンセプトによる3つの空間から構成される。この計画には今ある倉庫群の存在感の強さに負けない構想力が求められるが、倉庫群を残したいという思いから抜け出させていない。計画の時点を未来に設定することにより、連続する時間の制約を離れ、構想の自由度を高めているはずであるが、現在のかたちに引きずられているところが惜しまれる。時間をつなぐ未来の空間イメージが求められる。手書き表現による取り組みを評価するが、もう少し密度を高めることでもっと意図が伝わるのではないだろうか。