建築工学部門に所属する教員等により卒業設計について選考を行い、最優秀賞を1名、優秀賞を若干名選定し、賞状と副賞を授与しその成果を讃える。

 本年度は2月28日(木)に選考が行われた。第一次審査として、常勤の教員21名、キャンパスデザイン室教員1名、非常勤講師5名が展示会(2/26〜2/28)にて公開された設計図面に基づき審査し、一人当たり5作品に投票した。なお、模型ならびに発表会(2/28午後)は参考として考慮した。
 引き続き、第二次審査を常勤の教員により行った。キャンパスデザイン室教員ならびに非常勤講師にはオブザーバーとして各作品に対するコメントを発言いただき、常勤教員による選考の参考とした。なお、第二次審査では、講評対象作品の選定と作品ごとの意見交換までは学生に公開した。第二次審査の経過を以下に記す。
 まず、第一次審査の結果を、製作者の氏名を伏せたまま得票数のみ公表した。18票1作品、15票1作品、12票1作品、11票2作品、10票1作品、5票2作品、4票2作品、3票1作品、2票2作品、1票3作品であった。
 講評対象とする作品については、例年通り10作品前後を目安に検討した結果、2票以上を得た13作品を選定した(選定後に製作者の氏名を公表した)。
 次に、3票以上を得た11作品を対象に作品ごとの特徴について意見交換を行い、評価するべき点、不十分な点を整理した上で常勤教員の挙手による2次投票を行い、一定の得票を得た4作品に優秀賞または最優秀賞を与えることとした。
 引き続き、これら4作品の特徴について意見交換を行った上で、常勤教員の挙手による3次投票を行い(該当無しを含む)、最多得票を得た1作品を最優秀賞とし、残る3作品を優秀賞として決定した。

【選考方法】
 選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面のみである。ただし、模型および展示講評会における質疑応答を評価の際に参考とする。
 選考は第一次審査と第二次審査の二段階で行う。
【第一次審査】
・建築工学部門所属の常勤教員全員と建築設計担当の非常勤講師等が審査員となり、各自が最大5作品を選び、それぞれに1票を投じる。
【第二次審査】
・第一次審査の結果と公開審査を経て、常勤教員の協議により、最優秀賞1名と優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

・鎌田順寛:猿の木の建築

【卒業設計優秀賞】(50音順)
・小林智行:invisible

・つく田将紀:雨読

・土田冴恵子:変わりゆくもの, 変わらないこと
 

【全体講評】
 卒業設計とはこれまで学んできた建築に関する知識をもとに自ら設定した課題に対して、具体的な「建築」として解決するもので、その際矛盾する様々な命題に決着をつけ、その結果を設計図面として表現することが求められる。海外では「建築学」は建物を構築する「技術」であるとともに「芸術」の分野として認識される。建築学科の卒業要件に卒業設計が課されているのはその「芸術」の素養を求めているためともいえる。今回提出された作品は全体として、様々な社会的課題や人々の生活を取り上げ意欲的な解決策を議論している作品が多く見られた一方で、個々の作品の「芸術性」や「完成度」には若干の物足りなさを感じた。最近の傾向として作品の「社会性」が重要視される一方で、「芸術性」の議論が軽視されていることに起因しているようにも思われる。またその成果としての作品(設計図面)の完成度が低い印象を受ける。これは作業時間の少なさの問題以前に、自らの考えを的確に図として表現し得る設計技量の問題ともいえるが、それには日頃からの地道な訓練の積み重ねが必要であり、卒業設計だからといって誰でも俄かに克服できるものではないが、将来建築設計を志すものであれば、少なくとも建築の「芸術性」からも逃避せず、日頃の努力と一層の研鑽を期待したい。

【講評】
 存亡の危機にある阿倍野の市民学習・交流センターを、公園と商業施設群をつなぐ位置に新たに計画するプロジェクトである。所用室が並ぶ閉鎖的な施設建築に対し建築家達が近年提案してきたオープンな空間が、遮蔽物がなく、各々が自由に独立して0から始められるが、後に何も残らない「サバンナのような場所」なっていることを大きな問題と捉え、拠り所となる遮蔽物があり、周囲の人と距離をとりながら、自由に場所を選択できる「猿の木のような場所」を目指してデザインされている。長さを変えた疎密のある壁柱群は、そこを歩き回る時に微妙に見え隠れし、図面で見える以上に様々な場を提供するだろう。多くの建築家が挑戦してきた現代の建築空間および地域施設の根本的な課題に対して真っ向から挑み、新しい回答を提案した力作である。強いて言えば、「猿の木」から期待される立体的な空間関係がほとんどないこと、少人数での勉強会のような焦点のある目的的な活動をどのように受入れられるかを説明する絵が少ないことが惜しまれる。

【講評】
 直径200mmのアルミの管で構成される独特の壁面システムを提案した印象的で美しい建築である。各領域のゾーンごとに基準管が設定され、太陽の方向と時間、人の立つ位置と移動に合わせて、管の長さと配置を緻密に変化させて生まれるグラディエーションは空間を構成する新たな面として非常に魅力的であり、光と闇の体験をデリケートにコントロールしている。管壁だけでなく建物底部のひさしやテラスのデザインにもセンスを感じ、図面と模型のプレゼンテーションも抜群である。反面、緻密にデザインされたスペースが、あくまでレストランの食事スペースへのアプローチ空間であること、壁面システム以外に、空間や光を組み立て演出する各種の技やヴォキャブラリーがあまり使われていない点には疑問を感じないでもない。

【講評】
 この作品は図書館という設定の心象風景で、降り頻る雨音のグラディエーションと読書行為に潜む心理的グラディエーションを段階的に視覚が遮られていく図書空間のグラディエーションに重ねることで独自の世界を造出しており、それらを深く淀んだ水中に閉じ込めることよって、もう後には引き返せない恐怖心を増幅させる構造になっている。特に表紙に見られる陰鬱な風景は圧巻であり、続く断面や平面の表現は哀しくも極めて美しい。この作品が我々に示したシナリオは非現実的でほとんど個人的なものかもしれないが、それは建築のもつ詩的なものの表象の一つとして人に感動を与えうるものであることを示している。最後に付け加えるとすれば、池澤夏樹が「スティルライフ」の中で語ったように「山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかること」が求めれていると言える。

【講評】
 兵庫県佐用町は佐用川の増水により水が堤防を乗り越え、広範にわたる後背地が被災を繰り返してきた。 堤防高を上げることは大幅なコストと年月を要し現実的ではない。作者は最も被災の激しいエリアの堤体を‘列壁’に置き換え、堤防を乗り越えようとする水流を受け流し、あたかも‘吸収’するような方向と間隔に再構成している。‘列壁’の間と上部には木造の住居や共用空間が架け渡され、激しい水流に遭遇しても過半は存続するように設計されているため、災害時には居住者や被災者の復旧活動の足掛かりとなる。現堤体が構築される前の地形と居住文化を調査し、堤体の形状を従前の地形に整合し直している点、住居と川面との関係性を再構築している点は秀逸であり、後背地の大半が流される被災においては街並み再生の依り代ともなるであろう。本作品は、従来の土木的な構築物である堤防のあり方を見直し、建築と土木、自然と人工物、防災と日常といった二元的な枠組みを等化する試みであるともいえよう。