建築工学科目の行事として卒業設計に賞を設けることとなって3回目である。賞の種類と受賞人数は卒業設計賞1名。奨励賞若干名である。受賞者には賞状と副賞が授与される。

本年度は、2月29日に選考された。常勤の教員全員が午前中に各作品を審査し、午後5時までに投票を行った。午後5時より9階製図室で常勤の教員全員により選考をおこなった。まず、投票結果が報告され、投票数上位18作品が第1次の選考対象となった。次に、上記以外に選考対象に加えるべき作品があるかどうかについて検討したが、該当無しであった。そして、第1次の選考対象となった18作品について、内容、表現、完成度の観点から意見交換により審査した。最後に各賞を選定するに当たり、投票を行うことも検討されたが、議論で選定され次のように決定した。

【選考方法】
●選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面のみであり模型は対象外とする。
●選考審査員は、建築工学科目常勤の教員全員と建築設計担当の非常勤講師全員である。
●選考審査員は最大5作品を選び、それぞれに1票を投じる。その結果を参考にして、常勤の教員全員で協議し各賞を決定する。

【卒業設計賞】

神野 夏子:PELON!

【卒業設計奨励賞】
柏木 裕貴:WAY FOR LIVING

金澤 彬:kabekan house-木造住宅密集市街地の再生とその風景の継承-

高橋 彰:建築といふ青白い現象

中田 武臣:Y.M.D.A-やめさせてもらうわ。どうもありがとうございました。-

平野 暁子:その小さな光はいつも僕のほんの先にあった

【総評】
 卒業設計に求めているのは、構想力、表現力、そして完成度である。それだと一般のコンペと同じではないかと思うかもしれないが、卒業設計は卒業試験の意味も持っているので、学部で身につけた設計技術をキッチリと示すことも問うている。そうすると卒業設計に挑む戦略として2つの方向が考えられる。1つはキッチリと折り目正しい建築設計をする方向であり、もう1つは構想力や表現力で勝負する方向である。本年度の卒業設計もこの2つに分かれている。講評となるとどうしても構想・表現にインパクトのある設計に目がいく。

 構想を中心にみると今年度の卒計は3つのタイプに分けられる。1つ目は現実の建築・都市現象の中に課題を見いだし、経済性を問わなければ社会的・技術的に可能かもしれないという案である。これは卒計への姿勢としては正当真っ当なものである。しかし、この社会的・技術的に可能かもしれない点の残りの非現実面を突かれるつらさがある。2つ目は1つ目と同じく現実から課題を抽出しているが、経済的にも社会的・技術的にもフィクションとして押し通すものである。リアリティの前提条件を外しているので現実性からつけ込まれる心配はなくコンセプトを前面に出せる。しかし、その分、構想力と表現力が問われる。そして3つ目は現実の課題には関心は少なく、形態生成とそれが創り出す新しい風景に力点をおいたものである。経済性・社会性・技術性をものともしない造形力による感動を引き出せるかがポイントとなる。以上の3つのタイプはこれまでにもあった戦略で卒計ジャンルとして確立されているといってよい。

 今年は新しい試みが2点あった。1つは個人的な内面や状況に潜り込みそれを徹底することで個人性を突き抜けようとするものである。もう1つは実寸大の実物を造ったものである。これはこれまでの卒計につきもののどこかフィクションに寄りかかっていることへの違和感を表明したものと受け取れる。

最後に、もしこの総評を読んでいる新4年生がいたらお願いがある。あなたの卒計では完成度を上げてもらいたい。

【講評】
 研究室内・学内・学外・全国と相次ぐ作品講評会を通して、様々な議論やコメントが積層していく。学内の教員に圧倒的な指示を受けたのは、デザインの美しさと密度、模型から伝わる圧倒的な迫力である。一方、学外で受けた論評の総括も試みれば、彼女の作品は様々な都市や建築像を考えるための起爆力も持ち合わせていることに気づく。植生に不利な高度で新しい都市の生態系が成立し得るのか、超高層建築に「地域性」を醸成することができるのか、新しいグランドレベルは単なるスラブを越える意味を獲得することができるのか、今では近代主義的過ちの象徴であるコルビュジェの都市像と根本的に異なる高層居住のモデルが存在し得るのか。

 さて、高層建築でのコミュニティ形成に真摯に挑んだ事例として、芦屋浜高層住宅と東京都庁設計競技・日建設計落選案(オフィスではあるが社会性をテーマにしている)をあげることができるであろう。結果的に前者は高層階の公園の荒廃を招き、後者は全く関心が持たれなかった。既に記憶から消滅しつつあるゼネコン各社の超々高層建築は、ことごとくここに1行すら紙面を割くに値しない。つまり、時代の良識はすでに超高層住宅に何も期待していない。しかしなぜ今も造られ続けるのか。彼女は卒業論文から一貫して、高層建築を包容する都市像を問い続けてきたのである。

 さて、以降はさらなる私見である。彼女の案に対する一連の講評にひとつ欠けているものがある。コミュニティは、人々の環境への働きかけによる風景の漸進的な変化の中で醸成されていく。新しいインフラ的構造物に転写された市街地のエレメント、そして、変向された重力と空の背景に象徴される未来への期待。これら新旧の素材の再編集が、地域の人々と新しい人々との協同作業でなされる。インフラ上の建築群を新しい風景に合わせてモディファイしていくことで、人々の心の間に新しい街の環境像を生み出しうる期待が感じられるのである。

(以上は近代建築「卒業設計集」推薦文に転用)

【講評】
 一枚の板を折り曲げていくことにより生み出される空間を手がかりに、建築さらには街をデザインしようとする作品である。自在に折り曲げられた板は壁やスラブとして機能し、その隙間に生じる複雑な内部空間が住宅や商業施設として使われる。コンセプト、形態を規定するルール、平面図や透視図などの図面構成は全体的に非常によくまとめられており、多数の複雑な形状の住戸の内部空間も一通り表現されているなど、設計意図を図面として表現する能力の高さが感じられる。ただし、プログラムは形態操作の域を出ておらず、偶然の産物と言えるいびつな空間に強引に機能を押し込んでいる点や、多様な空間が創出されているように見えて、実は空間の大きさなどのバリエーションが乏しい点など検討の余地があろう。構造や周辺との関係などに関する説明も欲しかった。

【講評】
 木造密集市街地を破壊してスーパー堤防を造ろうとする国土交通省の計画へのアンチテーゼである。スーパー堤防はメッシュ状の壁でも技術的に成立するとし、密集市街地の一部を取り壊し、現代にあった集住空間に改善しながら壁を挿入していく。地域の風景や生活が継承されたまま、自己修復可能な小破壊と現代なりの再生が繰り返されていく。恐らく、この斬新的なプロセスの中に、人々の記憶や共有されたイメージは、新しい時代のセンスが加わりながら継承されるのであろう。日本建築学会近畿支部設計コンクールの代表に選出されたものであり、継承と更新という対立を解くモデルとして評価されれば、入賞を期待できる作品である。

【講評】
 当該計画は、大阪築港にある中央突堤に計画されたアートスペースの提案である。かつては物流拠点として大阪の繁栄を支えてきたこの場所も、今は廃屋になった倉庫が1棟残るだけで荒涼とした風景が広がっている。作者はここに芸術家のための場をつくるとして「クイ」と称するオブジェを打ち込み、水路を廻らして、地下空間を計画した。そこにはこの場所が持っている抗し難い歴史の厚みを背景としながらも、次世代への期待を感じさせるインスタレーション・ゾーンが広がっている。一見散漫に見えるポリクロミーな屋外施設と、かつての大桟橋の部分に作られたストイックな地下施設のコントラストは絶妙であり、控えめながらも引き込まれるような内部空間の演出は見事で、そこに見え隠れする日常と非日常の対比がこの作品の醍醐味であると考える。ただそこで説明される様々な理論的内容と作者がここで考えたリアリティとの間に若干の乖離がある点が惜しまれる。まずは明快な論点を主張するとともに、この作品で実現している様々な事実を整理することで飛躍的に良くなると思われる。今後の研鑽を期待したい。

【講評】
 大阪ミナミの中心、道頓堀に芝居(お笑い)の文化を復活させるための意欲的な提案である。計画は堀に南面する飲食ビル群の一角に芝居の展示と交流の場を設け、それを「間」と称するメガストラクチャーで上空に持ち上げることで、中空にパフォーマンスのステージを発生させダイナミックな空間構成を実現している。この一連の操作は芝居(お笑い)の中に見られる諧謔性と大阪再生への熱い思いが二重写しになっており、単なる市街地再生に留まらない迫力のある作品に仕上がっている。また道頓堀川や周辺地域との関係もよく考慮されており、VOIDが林立する吹き抜け空間は大層魅力的で、模型やプレゼンテーションの構成も秀逸であり、作者のデザイン力は高く評価できる。ただこのアイデアを実現させるためには、さらなる建築設計と架構検討が必要であり、低層部の既存ビルの扱いに関する技術的な検討が加われば、格段に良くなるものと思われる。

【講評】
 当該作品は雨をテーマにした住宅群の提案で、都会の中に出現した不思議な形態群とモノクロームの風景は夢を見るように美しい。また六角形を基調とするスペースフレームは所々に嵌め込まれた五角形や七角形によって微妙に歪められており、それらが奏でる旋律は、どこかもの悲しくも繊細で、現代人がこれまで忘れていた大切な感覚を呼び戻してくれるすばらしい作品である。また建築の設計に関しても細部まで良く考えられており複雑な架構計画を見事に設計している点を高く評価する。またプレゼンテーションも魅力的で、図的表現としても申し分ない。ただ、惜しむべきは、この美しい形態群と雨とのかかわりが若干希薄であり、この住宅における雨に関する具体的なシステムとその効果についてさらなる工夫が必要であろう。ここで示された居室のどの部分がそれらに対応しているかを示すことで飛躍的に良くなるものと思われる。