【優秀作品】

海東 理佳:街の中の大きな家

川島 尚教:1÷3=

田中 正幸:船場ミュージアム

長谷 知里:BIRD HOUSE

【総評】
 今年度の作品には、注目される作品が、計画・環境・構造の幅広い所属領域にわたり提案されたことが特徴である。以下に、テーマ、デザイン、表現などの観点から、今年度の作品の特徴を総括する。
 テーマについては、今年度は、例年に増して、大阪都心、既成市街地、商店街、ニュータウンなど、都市や地域的スケールの特徴や課題を読みとり、建築やオープンスペースのデザインに活かそうとする提案が多く見られた。例えば、街区構造や住宅の形態など、地域空間のコンテクストを建築に取り入れたもの、あるいは、新しい建築や場を地域空間に導入することにより、地域全体の環境改善に寄与しようとするものなど、多様な展開がされていた。これらの提案では、地域の空間的・社会的・歴史的文脈が丁寧に読み込まれている点が評価された。
 また、リノベーションによる建築の再生・再利用の提案が多く、実社会において注目されている課題が卒業設計にも反映されたものとなった。既存の構造システムを活用しながら、新しい機能を付加しようとするもの、従前の機能を再編しながら新しい価値を生み出そうとするもの、さらに、病院をコウノトリの野生復帰の支援施設にするものなど、様々な意欲的な作品が見られた。
 従来にないビルディングタイプや機能を提示しようとする試みも評価され、例えば、診療所のあり方を見直すもの、美術館と小児科病棟との融合、駅と既存施設をネットワークさせる建築なども見られた。
 さらに、自身の思考を抽象的な形態に表現したもの、超々高層建築などユニークが作品も見られた。
 以上のように、作品のテーマについては、社会性、現実性、提案性といった点で高く評価できるが、デザインの面では、検討の幅に拡がりが無い、テーマと空間に整合性が無いといった作品も見受けられた。表現については、一般図の他、模型写真、CGパース、概念図などを駆使した高度なものがある一方、基本的な情報や図面が足りないものも比較的多く見られた。これらの傾向は、近年よく指摘される特徴でもあり、今後の研鑽を期待したい。

 

【Concept】
 現在のワンルームマンションは、住人が隣近所について無関心であったり、できる行為が限られているなどの問題点がある。これはワンルームマンションの構成に因っている部分が大きい。そこで、もっと楽しい一人暮らしの形はないかと考えた。
 大阪市中央区空堀地区は、路地空間が家の一部のように感じられるまちであるが、最近はそのような場所が減りつつある。路地を通しての人のつながりが減っていくのはもったいない。
 そのような空堀を敷地とし、一人暮らしの人が住む集合住宅で、自分専用の場は最小限にし生活を共有する場として様々な大きさの場所や機能を持つ空間を提案した。そこでは共有の場にも人それぞれの趣味や生活スタイルがにじみ出し、気の合う仲間を見つけたり、お気に入りの場所を見つけて様々な行為を行うことができる。

【講評】
 戦前長屋や細街路の多く残る大阪市中央区空堀地区における集合住宅の提案であり、近年、当地区で開発の進むマンションに対する批判と本来あるべき代替案としての意味が込められている。共用部が建物の基調を成し、専用部分の住戸は、個室程度の必要最小限の面積で共用部分に分散配置されている。個室は入居者の個性が発揮される場であり、住戸群の間に拡がる共用部分に表出されるよう巧みな設計がされている。旧来の路地で展開された社会性が共用部分に引き継がれるよう、路地の環境特性を現代社会に対応して読み替えた点が意欲的で評価できる。通風採光の問題の他、屋根のデザインが未消化である点が惜しまれる。

【Concept】
 我々の周りには無関係と思えばそうなのかもしれない、ただそこではリアルな現実として切実な問題が積層し、複雑な要素が相互に影響し合って存在している。一つとして関係しないものはなく、あらゆる問題は人の「死と生」に繋がるものである。このような現実を捉え、それぞれの世界像を形成するために人々が空間的認知を行う際に利用する思考空間があり、文化や経験等により無意識下に刷り込まれた感覚が含まれている。思考空間の中に絶対的なスケールはなく、「死と生」はそれとは不可分な関係の中に存在する。これは螺旋からなるチューブ「死」、スラブ「自覚的生」、余白「無自覚的生」の三つの空間により構成され、互いに連続する点は一つとしてなく、気配を感じながらも決して近づくことはできない。チャンネルを変えることは外部からのみ可能となるが、三つの要素が共存する場合にのみこれは成立する。一人一人がそのような問題と真に対峙したとき、その現象は定義される

【講評】
 川島君によれば、現代社会が抱える問題、人が世の中に対して抱く違和感や危うさは、死と生に強く結びついているという。そのような抽象的な思考を、不気味によじれ、怪しい色を発するチューブとそれに突き刺さる傾いたスラブで表現した迫力ある造形は、それを見る人に自己の存在理由を深く問いかけてくるかのようである。深遠なる思考の表現か、模型と三次元CGを駆使した単なる造形ゲームにすぎないのか、その答えは受け取る側の姿勢に依存すると思った時点で、我々はすでに作者の術中にはまっているのかもしれない。

【Concept】
 船場は秀吉によって本格的に開発された400年以上の歴史を持つ大阪の都心である。今も町割等の歴史性を維持しており、歴史的建築も豊富である。また、戦後は商売の中心であった船場には今でも魅力的な商いがたくさんある。そして、船場を愛し、活性化させようと活動している人々がたくさんいる。船場は本当に魅力的なまちなのである。だが、このまちの魅力は広く知られていない。そこで、船場地区唯一の公園に歴史館、情報館、図書館をつくり、このまちの魅力を活かし、伝える「船場ミュージアム」を計画した。この施設で船場の魅力を知り、歴史的建築や店舗等に訪れる人が増えれば、船場全体が「船場ミュージアム」となっていくはずである。

【講評】
 見えにくくなってはいるが歴史的町割を残す船場で、何の変哲もない公園を船場の歴史とまちとひとが行き交うコミュニケーション空間へリデザインする構想である。 空間デザインにおいては、歴史的町割の均質性がデザインの空間単位となっており、歴史的町割や街区構造のコンテクストを読み込んでいるが、プレゼンテーションが不十分で、その意図が伝わってこない。また、安定した町割に建っていた町家の多様性が、計画されたそれぞれの単位空間の使われ方の多様性として構想されているが、全く表現できていないのが残念である。しかし、建物も人も流動する都心において、歴史性を読み解き、それをメディアによる情報だけではなく、空間の形態・質、船場での活動など実態をとおして伝え、共有化することにより、船場のおもしろさを広げる ことで、歴史性の継承を考えようとする取り組みを評価したい。

【講評】
 作者の故郷・豊岡で特別天然記念物として繁殖が行われているコウノトリの野生復帰を支援する施設として、病院としての役目を終えた旧公立豊岡病院を保存・再生するというテーマには、失われつつあるものに優しく手をさしのべるという通奏低音が明らかに流れている。一見、楽観的すぎではないかと思わせるプログラムに惹きつけられるのは、設計者本人の故郷に対する深い思いと、「正統的アプローチ」に対する一種の安心感のゆえであろうか。細部を詰めて、さらにリアリティを追求することを期待したい案である。