優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品の制作者に対して、その努力を称えることを目的とする。

 本年度は2月26日(金)に選考が行われた。第一次審査として、常勤の教員が展示会(2/24〜2/26)にて公開された設計図面に基づき審査し、一人当たり5作品に投票した。なお、模型ならびに発表会(2/26午後)は参考として考慮した。 引き続き、第二次審査を常勤の教員および非常勤講師により行った。なお、第二次審査では、講評対象作品の選定と作品ごとの意見交換までは学生に公開した。第二次審査の経過を以下に記す。
 ・まず、第一次審査の結果について、3票以上の得票を得た作品の得票数を公表した。14票2作品(小刀、平岡)、10票1作品(中村純子)、8票2作品(板倉、中村勝広)、7票1作品(枝元)、6票1作品(廣畑)、5票1作品(藤本)、4票1作品(門田)、3票3作品(菅谷、舟橋、増田)であった。
 ・講評対象とする作品については、例年通り10作品前後を目安に検討した結果、3票以上を得た12作品を選定した。
 ・次に、これら12作品を対象に作品ごとの特徴について意見交換を行い、評価するべき点、不十分な点を整理した上で、十分な評価を得た4作品に優秀賞または最優秀賞を与えることとした。
 ・引き続き、意見交換を通して特に評価が高いと判断された4作品について挙手による投票を行い(該当無しを含む)、最多得票を得た1作品(平岡)を最優秀賞とし、残る作品(小刀、中村勝広、中村純子)を優秀賞として決定した。

【選考方法】
 選考は一次審査により講評対象作品を、二次審査により最優秀賞・優秀賞作品の選定を行う。選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面である。ただし、一次審査においては模型および展示講評会における質疑応答を評価の参考とし、二次審査においては一次審査の評価項目に加え、卒業設計発表会におけるプレゼンテーションを評価の参考とする。
【一次審査】
 建築工学部門所属の全教員が、各自最大5作品を選び、それぞれに1票を投じ、得票数の多い作品から十数点を講評対象作品とする。
【二次審査】
 建築工学部門所属の全教員および計画系非常勤講師・招聘教員が、一次審査の得票数の多い作品から十数点を対象として、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

平岡 志織:Episode#6

【卒業設計優秀賞】(名簿順)

・小刀 夏未:あなたへ

・中村 勝広:幻影

・中村 純子:文化をぬぐ

 

【全体講評】
 卒業設計は全国の建築系学部に共通して課される卒業要件の1つで、これは海外の大学でも同様である。学生は各自でテーマを決め、その解決や提案などを建築設計という形で具体化することが求められる。最後にその成果は学内外の講評会、コンクール、展覧会などで評価されることになる。今年の作品を見ると住宅から国会議事堂まで多岐に及んでおり、テーマとして興味深いものが多かった一方で、設計の深度には少し物足りない印象を受けた。 ここで卒業設計に欠かせないのは、まず初めに作者がその解決と結果にどれだけ納得できているかである。作者が納得できていないものを勝手に解釈して評価するのは失敬な話かもしれない。一方、作者が十分納得し自信を持って提案出来たと思っていても評価されないこともあろう。これは一つに作者が伝えようとした内容のすべてが十分に図面や模型で表現できていない場合が多い。コンセプト、社会的・都市的背景、設計の深度、建築・空間形態の感性、建築論的位置づけなどが不足している場合や提案内容に論的矛盾や不合理があるために評価されないこともある。時間の制約があるのは初めからわかっている話で言い訳にはならない。計画的に作業を進めるとともに、いつまでも迷っていないで早々決断する勇気も必要である。もう一つはその作品の主張を裏付ける様々な知識やその背景に対して作者と評価者の認識が異なっている場合である。その内容が単に作者のひとりよがりでなければ、評価者を説得するに足りる十分根拠を示す必要があろう。その上で作者がそのテーマに関してどれだけ深い知識を有しているかが問われることになる。以上ここで示したことは、評価者を建築主であると考えれば、実社会における建築の設計業務でも同様なのである。

【講評】
 この作品はかつて造船業で栄えた大阪市南西部北加賀屋の木津川沿いに計画されたアーティスト・イン・レジデンス(AIR)である。ここは近年の社会産業構造の変化に伴い多くの製造業が撤退して、使われなくなった空き工場や空き倉庫が立ち並ぶ地域である。その中で旧名村造船所跡地が近代化産業遺産に登録されたことを機に、この周辺地域に多くの芸術家が集まり、「北加賀屋クリエイティブビレッジ」として自立的なまちづくりが進められている。ここで提案されるAIRはこのようなコンテキストの中にあって、芸術活動を行う作家が一定期間、滞在しながら制作活動を行うことを目的とした事業である。作者が示すシナリオは、領域を隔てるセキュリティとしての防潮堤の中に組み込まれた概念上の操作として存在しており、それらは現実の建築物であると同時に、一つのインスタレーションでもある。そしてケーススタディとして語られる6人の著名な芸術家たちの営みは断片化された詩的な表象として、M.プルーストの回想のように必ずしもあったままの形で留まっているとは限らない過去の記憶の隠喩として説得力を持っている。また堤防に沿って連続する隔壁の積層は建造中の船のキール(竜骨)を暗示するものとして、かつてこの街が繁栄した時代を彷彿とさせる。これらすべては作者が失われた時を求めて辿った街の記憶と個性的な作家達が織りなす束の間の饗宴である。

【講評】
 呉は明治以降、海軍の一大拠点となり繁栄を謳歌した。急峻な岩壁にまで張り付くように建てられた住宅群が、歴史の一端を今に伝える。一方、軍事都市ゆえ先の大戦では熾烈な空襲により大被害を受けた。本作品は、こうした呉の近代史を物語る岩壁を保存するとともに、戦争の記憶を後世に伝えようとするものである。 空間演出と資料展示を巧みに組み合わせた構成により、戦争の苛酷さを多面的に追体験させる。地下に展開される空間は、ストイックでミニマルな構成が美しい。要所に配置されるトップライトや映像展示も空間を効果的に演出する。こうしたアイディアを丁寧に空間化することにより、静謐な空間を紡ぎだすことに成功した。 ただし、自由度が高いはずの断面構成が少し単調である点及び、作者が重要な歴史的景観と考える岩壁およびその周辺と本施設との関係が十分に表現されていない点は惜しい。岩壁と対峙するような場があってもよかった。

【講評】
 この作品は都市化が進む大阪市中崎町に立つ記憶の断片である。この地域は昔ながらの長屋と下町の生活が残る地域として近年、若者や芸術家が集まり庶民的な雰囲気を生かしたまちづくりが進められてきたが、梅田の繁華街に隣接していることから大規模資本の投資が進み、老朽家屋が取り壊されて、高層マンションなどが建設されつつある。作者はこのような大資本に対抗する勢力の拠点としてこのモニュメントを設計した。そこには中崎町にあった長屋やそれらを繋ぐ路地空間が乱雑に積み重ねられており、西部劇に出てくる砦のように、かろうじてここに踏みとどまっている若い芸術家の雄姿を想起させて秀逸である。ただ時間的制約のために、立面のドローイングや模型の濃密さに比して、建築設計の深度と平面の単純さにはやや物足りなさを感じる。今後一層の研鑽を期待したい。

【講評】
 国際化の進む大阪市立南小学校区において、多様な国籍をルーツにもつ子どもたちがお互いの文化の相違を理解し合いながら、自身のアイデンティティを見つめなおすための多文化共生センターが提案されている。作者は、靴の着/脱やユカ座/イス座の相違は建物に表出する生活文化の根幹であると考え、全ての床を継ぎ目のないスロープで結ぶことで、子ども達がスロープを靴を脱ぐ境界ととらえるのか、あるいは靴を履いた立居振舞の空間ととらえるのかといった、お互いの環境認識のズレを誘発する計画とした。積層する膨大な床とスロープを立体的に織り上げたデザインは圧巻であり、ここに、学び、遊び、読書などの行為が重なることで、子ども達が各々の場所の使いでを調整するシーンを建物中に連想させる作品に仕上がった。作者は卒業論文で当校区の子どもを対象に精力的にフィールドワーク、インタビュー、ワークショップを行ってきた。その成果が如何なく発揮された秀作である。