「大阪大学工学部地球総合工学科建築工学科目 卒業設計賞」は、優れた構想力と高い表現力を示す創造性ある卒業設計作品の制作者に対して、その努力を称することを目的とする。

 本年度は2月29日(水)に選考が行われた。第一次審査として常勤の教員と非常勤講師5名が、午前中の展示講評会での設計図面に基づき、模型ならびに午後からの発表会も参考にして審査し、午後5時までに投票した。その結果、得票順位の上位14作品が第二次審査の対象となった。
 引き続き第二次審査を午後5時より9階製図室で常勤の教員と非常勤講師6名により選考を行った。なお、選考状況は学生に公開された。
・まず、第一次審査通過の14作品以外に選考対象に加えるべき作品があるかどうかについて協議したが該当無しであった。
・上記14作品について常勤の教員と非常勤講師で意見交換があり、協議の結果8作品に絞られた。さらにその中から挙手による投票の結果5作品を受賞該当作品として決定した。
・その中で、最優秀作品候補2作品を選定して、この2作品について最優秀作品(該当無しを含む)1点を挙手によって決定し、残る4作品を優秀賞として決定した。

【選考方法】
 選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面についてであり、模型ならびに発表会でのプレゼンテーションは参考にとどめる。選考は一次審査と二次審査の二段階で行った。
【第一次審査】
建築工学科目常勤の教員全員と建築設計担当の非常勤講師により、各自が最大5作品を選び、それぞれに1票を投じる。
【第二次審査】
一次審査の得票数の多い作品から十数点を対象として、常勤教員と建築設計担当の非常勤講師による協議により、最優秀賞および優秀賞若干名を選定する。

【卒業設計最優秀賞】

・内藤拡也:驚くほどわかりやすい取扱説明書がある家

【卒業設計優秀賞】(50音順)
・永井仙太郎:拡張する身体

・牧真太朗:エデンの共界線

・山本葵:大学が丘を纏うとき

・吉川正展:漁村再考 −東日本大震災で被災した宮城県女川町竹浦集落の高台移転計画−


【全体講評】
 例年のことだが卒業論文も提出しなければならないという時間的制約があるにもかかわらず、今年も質量ともに優秀な作品が多く見られた。学生諸君の日々の精進と努力を讃えたい。
 卒業設計は実現可能性をそれほど要求されないので、空想に逃げ込もうが、巨大な建築を設計しようが、いわばなんでもありの感がある。しかし将来を見通すならば、防災や地球環境問題、障害者への配慮など社会的な課題は、最終的な作品に示されないとしても少なくとも制作過程では議論しておいてほしいし、模型を作る際には敷地周辺まで作り込んで周辺環境との関係をも検討してほしい。その意味で、今回の大震災を契機とした防災を意識した作品がいくつか見られたのは良い傾向と評価したい。
 その他の傾向をみると、まず最優秀賞の内藤君の作品を含めて卒業論文での成果を生かした卒業設計が複数見られたのが印象的であった。プログラミングで形態を創発させる試みもまだまだ人気のようだが、生み出された形態なり空間の魅力が問われる時期になってきているように思われる。また、小さなユニットなり建物を複数配置するいわゆる群建築の作品も複数見られたが、通路や広場との関係などもう少し外部空間への配慮がほしいと思われた。
 最後に苦言を一つ。計画系の学生でありながら卒業設計発表会で発表しなかった学生がかなりいたのが残念であった。個々の事情はあろうが、卒業設計は将来設計の仕事をしたい者だけが真剣に取り組むものではないと声を大にして言いたい。
  ともあれ無事卒業研究を終えたとはいえ、皆さんの前には厳しい実社会の壁が立ちはだかっている。それに負けることのないように今後一層の研鑽を期待したい。

【講評】
 この作品は、自閉症者が自立した生活を送るために、1日の時間軸に沿って展開される細分化した生活行為と室を1対1対応させた住宅である。自閉症の障害特性である認知と知覚の問題に配慮し、分かりやすさを求めた。この住宅は不要な情報を遮断し、できるだけ変化がないようにし、今自分はそこで何をするのかが分かるよう最小限の室を設けて行為を規定した。決まった順序で決まった行為を行うため、1つの行為にのみ集中できる室を用意し、それが終わると次の室に移るといった具合に次々に室を移動していき、家事と絵描きの仕事を行うことで安定した生活を送る。
 社会ではさまざまな障害を持った人たちが生活している。ノーマライゼーションが浸透するなか、それらの人に適した住宅や就労の場を確保していくことが必要である。しかしながら自閉症は漢字の意味から誤解を生み、自閉症のことについて十分に理解されているとは言い難く、その支援について遅れている。この作品では、自閉症者が安全に安心して過ごすことができる方法を建築の面から実験的に提示していることは意義深い。
 また近年の建築では、利用者に行為の選択を任せる自由度の高い空間が求められる傾向にあり、それにより利用者は安定した場を見つけ安心を得ることができる。本作品は、その反対として、設計者が利用者に1つの行為を強いる最適な空間を用意することで、利用者は安心を確保できる。近年の建築の風潮に対し異議を唱え、設計者の役割を再認識させた点でも評価できる。
 最後に本作品は、卒業論文で得た経験・知見を卒業設計に活かした点でも評価できる。

【講評】
 再開発によって単純なタワーばかりが建設される状況に対し、本作品は茶屋町の3本の道の構造を元にして、3本の螺旋状チューブからなる複雑な構築物を創りだしている。表層的でない高層建築デザインの方法論の提案として、またなにより、それによって生まれた迫力ある建築空間の造形力と都市風景を評価したい。欲を言えば、螺旋自体は複雑だが全体としては単調な印象もあること、また「拡張する身体」という挑戦的なタイトルを名乗るからには、単にチューブの曲面に自由に座ったりするだけでなく、都市空間・風景の中に身体が展開していくイメージの情景を見せて欲しかった。そのためにはせっかく生まれた形態を生かした都市機能を入れてもよかったのかもしれない。

【講評】
 これは生物の活動原理をもとに新たな建築の空間構造を探求した思考実験であり、次世代の建築原理を提示した点で極めて秀逸である。シュレディンガーは生命現象を支配する物理的制約として、あらゆる生命は反応拡散によってエントロピー最大化へ向かっており、それを制御することで現在を維持していると述べている。ここで用いられるチューリングの反応拡散方程式はこれまで、2次元平面において生物由来の表層模様を擬似的に生成させることで知られているが、作者はこれを3次元空間に拡張することで、新たな建築の空間構成原理を発見している。ここで得られた構造体は連続する1枚の曲面で2つの境界域を生成しており、区切られた2つの空間は同時に存在するが、決して交わることは無い。作者はこれを用いて様々な次元の異なる建築的様相を仮想的に共存させて提示している。この提案はあくまで実験段階ではあるが、生命体の生息する場の生成手法として、これまでの建築の形態構成原理にあらたな第一歩を画するものと考えられ、極めて斬新な提案であると判断する。

【講評】
 大阪大学吹田キャンパス工学部ゾーンへの大胆かつ真摯な提案である。キャンパス造成以前の丘の地形で全体を覆い、既存の建物はフレームだけ残して、中身は丘の下のアトリウム的大空間に展開させている。組織変更に伴う増築等によって計画当初の空間構造に限界がきている現状、また根源的には、機能的な縦割りのブラックボックスによって構成される大学空間の閉塞感に対する問題提起として、そして自分の生きる場をより良く変えていこうとする強い意志に基づくデザインとして高く評価したい。自由に散策したくなるのびやかな丘の上と、その下に広がるゆるやかな研究・教育ゾーンはどちらもぜひ一度見てみたい風景である。丘とフレーム化した建築という明解な提案であるが、もう一つくらい、研究・学習の場のための中間スケールの仕掛けがあってもよかったかもしれない。

【講評】
 東日本大震災で被災した宮城県女川町竹浦集落の高地移転計画である。作者は卒業論文で、竹浦集落も含めた女川湾を囲む17集落のコミュニティと漁業のしくみに関する研究を行い、その成果が地域で認められ信頼関係を築き、高所移転計画の提案を求められるまでになった。現在土木系の計画コンサルタントが造成計画の案を作成しており、計画案の問題点を分析しながら、地盤の弱い「沢」の保護、水際を遮断するアクセス道路の改善、小グループの近隣関係に対応した街区編成などを提案した。震災前の生活環境の成り立ちを深く読み解き、現実の様々な制約と向き合いながら、移転後の住宅地に従前の社会空間のしくみ継承しようとする姿勢が高く評価され、優秀賞に選出された。一方、卒業論文を着想した当初の、本来の風景構造の継承やコミュニティの再編といった構想を保留してしまったこと、さらに、切り土のデザインや住居の設計になお多くの検討の余地を残したことが惜しまれた。
※ なお、本作品については、現在検討中の高所移転の計画案が記載されていたため、その取扱いに配慮し、当ホームページでの公開は控えるものとする。