建築工学科目の全教員により卒業設計について選考を行い、最優秀賞を1名、優秀賞を若干名選定し、賞状と副賞を授与しその成果を讃える。

 本年度は3月2日(火)に選考が行われた。
 第一次審査として常勤の教員と非常勤講師2名が、午前中の展示講評会での設計図面に基づき、模型ならびに午後からの発表会も参考にして審査し、午後5時までに投票した。その結果、得票順位の上位13作品が第二次審査の対象となった。
 引き続き第二次審査が午後5時より9階製図室で常勤の教員と非常勤講師2名ならびに来年度より新たに非常勤講師となる2名により選考を行った。なお、選考状況は学生に公開された。
・まず、非常勤講師2名から卒業設計全体についてコメントがあった。
・次に、第一次審査通過の13作品が報告され、これ以外に選考対象に加えるべき作品があるかどうかについて協議したが該当無しであった。
・上記13作品について協議の結果7作品に絞られ、さらに議論の結果3作品になった。
・この3作品について議論し、最優秀作品(該当無しを含む)を挙手によって決めることとなり、その結果該当無しとなった。
・最後に優秀賞を上記3作品にもう1作品を加え4作品を協議により選定した。



【選考方法】

 選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面についてであり、模型ならびに発表会でのプレゼンテーションは参考にとどめる。
 選考は第一次審査と第二次審査の二段階で行った。
【第一次審査】
・建築工学科目常勤の教員全員と建築設計担当の非常勤講師全員により、各自が最大5作品を選び、それぞれに1票を投じる。
・得票数の多い作品から順に十数点を選別し、第二次審査の対象とする。
【第二次審査】
・第一次審査通過作品について、常勤教員と建築設計担当の非常勤講師による協議により、最優秀賞1名と優秀賞若干名を選定する。
・審査は学生に公開する。

【卒業設計最優秀賞】

なし

【卒業設計優秀賞】
柏木俊弥:建築と音楽の狭間で僕はずっと回り続けていた

中井千尋:floating museum

中安智子:屋根裏は大きな図書室−蔵書を共有する集合住宅−

永井裕太:Limits Solve Limitation

【総評】

 阪大の卒業設計は卒業論文と同時に提出しないといけないという試練があるにもかかわらず、なかなか見ごたえのある作品が多いと感じている。今年も例年に劣らず力作ぞろいであり学生達の大いなる忍耐と連日の努力を讃えたい。
 卒業設計では自らが設計の「課題」を決め、それに対して自らが「解」を出すことになる。ここで重要なのは自身が決めたその「課題」に対して、どれだけ深く掘り下げて考えることができたかということである。それによって得られる「解」の厚薄が決まる。なぜその建築を造るのかという「必然性」はその作品の質を大きく左右する。今年の卒業設計を見て感じたのは、自分の内にある課題や問題意識と、自分の外にある社会的な課題の間に大きな溝があること、設計で言えばどうしても或る敷地や枠組みの内側に閉じこもってしまいがちで、その周辺の地域や街や或いは社会的背景との関係性がやや希薄である点が気になった。建築はたとえそれが個人の住宅であったとしても、彫刻や絵画のようにプライベートなものではあり得ない。卒業設計だから何を設計しても自由という意味は、それだけ社会に対する責任をともなうことの裏返しである。作品への思い入れは多くの人の夢や、希望や、果てしない未来と共鳴することではじめて輝いてくると思う。
 卒業設計は大学という最終の教育課程の修了を意味する。そして、社会へ、或いは大学院へと旅立つ人たちだからこそ、未来につながる大きな視野と確かな見識を持って巣立っていって欲しいと考えている。今後一層の研鑽を期待する。

【講評】
 この作品は文京区湯島の昌平坂に建つ詩吟のためのミュージアムである。この作品の特徴である白い螺旋状の柔らかい造形は力強く圧巻で、かつてのF.キースラーを髣髴とさせるようで驚くほど美しい。また内部空間についても有機的な外観に劣らず執拗にデザインされており、建築としてのリアリティを備えていることは高く評価できる。また展示スペースは様々なテーマを持つポリクロミーの部屋が連鎖しており、作者が形態生成過程で和音の音階をモチーフにしたという階層を螺旋状に上下しながら回遊できる構成になっている点もユニークである。ただ最後にこの昌平坂という場所に建つこの造形の必然性は十分に語られておらず、この地域のコンテキストの分析をふまえた納得いく説明は必要であろう。今後の研鑽を期待したい。

【講評】
 高速道路を挟んで西側の臨海部にはメカニックな工場群、東側は水路と公園の緑が広がる立地に、どこか見知らぬところからゆっくり降りてきた巨大な白いミュージアムである。ゆるやかに曲率する大きな面に建つと、その白の広がりの向こうに工場群が切り取られ、広がりのなかに時間と場所のコンテクストを離れたアート空間が生まれる。滴り落ちる3つのかたまりの中には、小さなといっても大きい展示室やカフェやミュージアムショップなどが気泡のように漂う。あまりにも大きい白の広がりではあるが、周辺のスケール感のなかでは十分ありそうな気がしてくる。丁寧なスタディによる造形の魅力はあるが、その空間性をもっと表現することが望まれる。また、コンセプトが十分に図面化されておらず、その空間の考え方が読み取れない。発想や環境と建築との関係のつくり方はおもしろく大いに評価できるが、もっと図面の密度を高め、コンセプトを空間化し表現する方法を高める必要がある。

【講評】
 本好きな住民が集まって、お互いの本を自由に閲覧するなど各住戸に割り当てられた「屋根裏」の「図書室」を自由に使える集合住宅である。1・2階を各住民の住戸とし、「屋根裏」の「図書室」は集合住宅の住民で完全に閉じた空間としている。コレクティブハウスの場合共有するもの・ことが重要であるが、各自の蔵書を共有し、そこで閉じた一体の「図書室」をつくることで単純ながら魅力的なコレクティブハウスとなっている。
 ボロノイ分割により各住民が管理する「図書室」は物理的に決められているが、本好きな住民の視点で設計している以上、必ずしも最適な決め方とは言えない点や、各自が管理する「図書室」が単調な空間の集合体となっている点が惜しまれる。より彼らの内面からアプローチした「図書室」があっても良く、天井高が高い空間や蔵書で一人囲まれた空間など多様な空間があれば魅力がより増しただろう。また共有する「図書室」の検討は十分なされているが、各住戸と「図書室」との関係がほとんど検討されておらず、完全に分断されている点も惜しまれる。

【講評】
 連続する壁面をくり抜いて空間を生み出すという試みは従来から見たことがある。しかし、永井君の作品が、以前のどの作品よりも抜きん出て面白いのは、壁面の間隔が30cmという、人が入れずメンテナンスもできないスケールを確信的に選んだ点にある。異なる住戸の住人に身体的な交流は無く、同じスリットの前に立たなければお互いの姿を見ることはできない。この作品に対する一見「開放的すぎる」という印象は誤解であり、人々の生活様式のサイクルがどこかで一致しなければ、お互いを隣人として認識することはないであろう。そして、一致する「どこか」をお互いに見つけていくことこそが、この集合住宅に共生の履歴をつむぎあげることになるのだ。
 壁面は上方にも開放されているので、このままでは雨が落ちてくる。賛否両論の「問題作」であるはずなのだが、教員による投票では2番目に多い支持を集めた。新しい建築のモデルを追い求める真摯な姿勢と、それが表出する造形が魅力の原点だ。