建築工学科目の行事として建築工学科目の全教員により卒業設計の賞選考を行った。賞の種類と受賞人数は卒業設計賞1名。優秀賞若干名である。受賞者には賞状と副賞が授与される.

本年度は3月2日(月)に選考が行われた。第1段階として常勤の教員と非常勤講師3名が、午前中の展示講評会と午後からの発表会で各作品を審査し、午後5時までに投票した。次に第2段階として午後5時より9階製図室で常勤の教員により投票結果をもとに選考を行った。なお、非常勤講師はオブザーバーとして参加した。まず、投票結果が報告され,投票のあった20作品が第1次の選考対象となった。次に、上記以外に選考対象に加えるべき作品があるかどうかについて検討したが、該当無しであった。そして、第1次の選考対象となった20作品について、内容、表現、完成度の観点から意見交換により審査した結果、次のように決定した。なお、本年度より「卒業設計最優秀賞」「卒業設計優秀賞」に名称変更した。

【選考方法】
●選考の対象は卒業研究提出日に提出された図面のみであり模型等は対象外である。
●まず、建築工学科目常勤の教員全員と建築設計担当の非常勤講師全員により、各自が最大5作品を選び、それぞれに1票を投じた。
●次に、その結果を参考にして、常勤の教員全員で協議し各賞を決定した。

【卒業設計最優秀賞】

矢野 晃一郎:いま、京都にみちを通すということ

【卒業設計優秀賞】
末重 隼人:All Blue

善野 浩一:都市の教会

中村 洋志:Long Ring Long Land

仁居 智子:まるで方舟のような工場

【総評】
 「あなたの卒計では完成度を上げてもらいたい」とは、昨年度の総評にある下級生への激励である。これに触発されたのかどうかはわからないが、今年度の卒業設計は完成度の高い作品が多かったように見受けられた。そのため、今年度の卒業設計賞の選考にあたっては、単なる得票数だけではなく、さまざまな観点からの熱い議論を経た作品が選考されていることを最初に明記しておきたい。
 卒業設計は、構想力なり、造形力なり、表現力なり、今までの設計演習で培った能力をフルに発揮する場である。その意味で今年度の卒業設計賞・奨励賞を得た作品群はもちろんのこと、多くの作品がかなりのレベルに達していたことを讃えたい。とくに構造系学生の2作品も講評対象に選定されており、これを機に卒業設計は計画系だけでなく4年生全員が競うようになってほしいとも思う。
 ただし、構想段階までは発表を聞いて納得はするが、なぜそのようなデザインになったのか疑問がある作品、デザインは優れているものの、なぜその敷地にそのような建築が必要なのかわからない作品などが散見されたのは残念である。“卒業設計だから何でもあり”と開き直るのも自由であるが、教員などからの耳の痛いネガティブな指摘も素直に受け止めて、独りよがりなデザインから脱するよう、今後に生かしてほしい。
 また、建築がもつ空間的・時間的広がりにも目を向けるべきだろう。とくに敷地内でデザインが閉じてしまっている作品が多々見られたのは気になった。建築は、ある敷地内での行為ではあるものの、その建築が生まれることによる周辺環境への影響力も見逃せない。さらに言えば、今すぐ建てるという行為だけを考えるのではなく、過去から未来にわたる時間の中で、建築がどうあるべきか、今一度考えてほしい。
 今年度は、提出締切日には図面のみ受け取り、審査では参考扱いの模型は展示会場に直接持参ということにした。その時間差を逆手にとった大層大掛かりな模型も見受けられ、その迫力には圧倒された。しかしながら、やはり卒業設計は図面で勝負してもらいたいという感がある。その他にも最終審査を公開すべきか等、卒業設計に関する検討課題がいくつか残されており、学生の皆さんからも忌憚のない意見をいただきたいと考えている。

【講評】
 秀吉による天正の地割りにならい、京都市中心部の一街区に南北に貫く「みち」を通す計画である。ただし「みち」は単なる道ではなく、住居、ホテル、店舗、ギャラリー、公園など、様々な用途の複合体である。建物の外壁間に作られた路地のような空間は、日本の伝統的な路地空間とは異なるが、各機能の配置や空間の開き方/閉じ方といった工夫により、大変居心地の良い場所となりそうである。作者の建築や都市空間に対する感覚、造形能力の高さが感じられる。また図面中で丁寧にコンセプトの説明をしており、設計意図が図面から十分読み取れる点も評価に値する。こうした評価により、本作品は卒業設計最優秀賞を受賞した。ただし、敷地周辺のコンテクストの読み込みは十分であるとは言えず、背景を天正の地割のみに頼るところはやや心許ない。この地域は京町家、明治期の煉瓦造建築から現代的な建築まで、重層的な歴史が表出するエリアである。当然この計画が地域に対して、あるいは地域がこの計画に対して与える影響に対する考察が求められるはずである。しかし立面図や平面図には敷地内の様子しか表現されておらず、周辺との関係がほとんど読み取れないことは大変残念である。

【講評】
 この計画は大阪市東部中央卸売市場の加工食品部棟の敷地に建てられた巨大な「いけす」である。これは東部市場で扱う鮮魚を保管する役割と同時に、市民に開かれた観賞用の水族館でもある。日頃から食用として流通している海産物が実際にどのようなところから運ばれて来るのか、それらは海の中でどのようにして生きているのかなどを理解し、その命を食することの意味を考えさせる学びの場を提案している。建築構成としては世界地図を抽象化した正方形平面が互いに重なることによって切り取られる多角形と切り取る正方形が図と地の関係を逆転させながら水槽や教室や通路として立体的に構成されており、緻密なプランニングの中に浮かび上がる水槽の造形は見事で、水中に引き込まれるような青い空間は秀逸である。ただコンセプトで述べている隣接する卸売市場とこの施設との物理的関係はいささか不明瞭であり、隣接する平野川の浄化についてもやや不自然さが残る点が惜しまれる。建築家には優れた造形力とともに卓越した見識が求められる。今後の研鑽を期待したい。

【講評】
 都市の音の「奥行き」を再現する装置とは何か。作者は丁寧に音源としての空間単位をつむぎ上げながら、そして、音の伝播・共鳴・拡散の媒体としてのチューブやボイドを編集しながら、ひとつの有機的な構造体に仕立て上げていく。結局、音の理想から出来上がった構造体とは何と都市的なのであろうか。一方、ipodにより都市の音から耳を背ける若者達の現実。それは恐らく、構造が無機的であり、本来の「奥行き」を発揮できていない都市の側に責任があるのかもしれない。音の世界とは、視覚世界と同様に空間構成原理の根源を担っているのだ。作品を見る者にとって、人と都市の関係についての様々な思索を誘発させる深みのある作品に仕上がっている。

【講評】
 この案は日本の山林で問題になっている「間伐材」をテーマに扱っている。ここでは10人の職人集団が間伐と家具製作を繰り返しながら、和歌山の鮎川を基点に紀伊山地を移動していくことで、山の生態系を維持していく仕組みを提案している。この作品の冥利は時間の流れの中で、職人たちが仮眠する山小屋が工房や林間学校、子供の隠れ家へと次第に形を変え、使われ方が変化して最終的には朽ちて自然に戻るまでのプロセスを建築という視点でデザインしていることにある。一見アドホックな山小屋の形態がその痕跡を残しながら蛇行して連なる風景は圧巻であり、白い林の中に浮かび上がる一群の錆色の形態はきわめて美しい。そして時間とともに変化するその全体が一つの歴史として認識された時、作者がこの作品に秘めた未来へのあたたかい思いが感じられる。ただこの山林において木材で積層された小屋や斜面に垂直に立つ建物に込めた操作の意図が若干不明瞭であり説得力のある説明が必要であろう。今後の研鑽を期待したい。

【講評】
 地球環境の幾末が懸念されている。そこで、いざというときに備え、穀物や野菜の種を育成・保存する工場を提案した。ついでに豚や鶏も飼う。DNAを操作するようなハイテクの施設ではない。土壌を作り、そこに種を植え、育て、種をとる、という在来農業である。その農地を細長い船のような形態でつくり、日照が採れるよう階高を高くとり、吹きさらしで積層した。水平線と急勾配の斜線による形態は力強く、孤高して屹立し、他に類のない造形である。