【優秀作品】

桑原 悠樹:aqua-School-ium

中井 達也:【incu-base】孵化/分岐/転生

西澤 嘉一:post Post office

野原 邦治:Stamped Memories



【日本建築学会 全国大学・高専卒業設計展示会出展】
 

【Concept】
 愛媛県長浜町は魚の町です。魚好きの人が多く、敷地である県立長浜高校では、理科の先生を中心に、高校の中に水族館をつくろうという試みがあります。このアイデアをちょこっといただいて、生徒や町の人々が海水魚の研究ができ、さらに海、魚を現実的に体験できる施設として、水族館(aquarium)と学校(School)を組み合わせた、水族館学校(aqua-School-ium)を計画しました。この施設を通して、魚を飼う、魚を見る、魚について知る、魚の研究をする、海を見る、まちを見る、魚を釣る、海中を見る、海に潜る、海で泳ぐ、漁に出るなどの体験ができます。またここで研究された魚がまちなみ水族館を形成し、町全体が水族館となるような町おこし計画です。

【講評】
 愛媛県喜多郡の長浜町では、1999年より住民参加型の「まちなみ水族館」という興味深い活動が行われている。この実績の展開として長浜高等学校の先生方が提案している「水族館高校」の構想に対して、建築の専門家として応えたプロジェクトである。単に要望を解決するだけでなく、校舎の教室のリノベーションによる水槽展示ゾーン、海へ乗り出すような形態のシンボリックな研究棟、湾を楽しむように歩くことのできるルートの設定、強風「肱川あらし」を利用した風力発電システムなど、空間や場を計画する様々な技術とアイデアを駆使して、これまでにないタイプの地域施設とエリアの姿にリアリティを与えて立ち上げることに成功している。



【日本建築学会近畿支部 建築系学科卒業設計競技応募】

【Concept】
 W杯のために造られたものの、スタジアム選考に落選し結局W杯に使われなかったトヨタスタジアムを、ただ単にスクラップアンドビルドするのではなく建物は残したまま機能を転用することによって、現在の使われ方以上に豊田市民に開かれた『豊田らしい』建物へと転生させたいと考え、数年後に行われる市町村合併と合併に対する行政のあり方、合併を契機として掲げた市の政策と豊田市という個性、市民に開かれている施設・閉じている施設、ランドマークとしてのあり方、スタジアムの特性や立地、これらの側面を読み取り『スタジアムを市町村合併後の豊田加茂総合庁舎と、モノづくりを支援するインキュベータ施設とを内包する複合施設に転生させる』計画として、豊田市の将来を孵化させる器械【incu-base】を提案しました。

【講評】
 ワールドカップのために建設されながらも使用されず、その後も年数回程度しか試合が行われないという愛知県豊田市のトヨタスタジアムを、ものづくりを中心としたインキュベーション施設および行政施設としてコンバージョンする計画である。綿密な調査に基づき、周辺都市との関係まで含めて冷静に分析、計画した力作である。市中心部から少し距離をおき、矢作川など自然の多く残る地域はインキュベーション施設にとっても適切な地域であろう。しかし、巨大な対象物を解きほぐすには、若干時間不足であった感はまぬがれない。吊り屋根などのダイナミックな構造を持つ既存建築物の内部空間は非常に魅力的な空間になり得るが、空間構成は十分に表現できているとはいえず、やや物足りない。



【近代建築別冊 卒業制作2004掲載】

【Concept】
 JR大阪駅に隣接する大阪中央郵便局は、1939年鉄道幹線の主要受渡郵便局として、また、大阪市内十二等局を連絡する伝送便の一大集中局として建設された。しかし、1986年の鉄道郵便の全廃、新しい集配局の建設にともない現在ほど床面積が必要ではなくなってきている。周辺地域の再開発も進む現状を考えると、近い将来この郵便局も開発の波にのまれつぶされてしまうだろう。つぶしてしまうのは簡単だが…。
 大阪中央郵便局は京阪神都市圏の交通の結節点である大阪・梅田に立地するということだけでも大きなポテンシャルを秘めていると言える。そこで私は、この郵便局を保存しつつ大阪を訪れる観光客のための施設を付加することでこの先の郵便局、post Post Officeを提案する。郵便局には日本中、あるいは世界中からの郵便物が集まってきたが、今度は郵便物だけではなく世界中の観光客が集まる場所にしようとする試みである。
 アメリカ人バッグパッカーと観光案内所員、フランスに行きたいOLとフランス人観光客、梅田周辺の安い和食の店を探すブラジル人とサラリーマン。この場所には旅に関する様々な情報が集まり、国籍を超えてやりとりされる。

【講評】
 近代建築の名作の一つに数えられる大阪中央郵便局が立地する西梅田周辺は、近年大規模な再開発が行われており、街は大阪駅から西側に拡大している。そうした中で一等地に残る中央郵便局のあり方を問う意欲作である。RCによるフレームと外壁のみを残し、郵便局の機能の他に、旅行者の宿泊施設・旅行代理店等を設け、大阪の玄関口にふさわしい機能を提供する。RCフレームの一部はそのまま露出され、コンバージョンを感じさせない変化に富んだ空間を作り出すことに成功している。ダイナミックな構成の図面表現も秀逸で、確かな表現力を感じさせる。ただ、橋上駅化される大阪駅や、今後再開発される北ヤード跡など周辺との関係のあり方については、さらに深い検討があればよかった。



【日本建築家協会 全国学生卒業設計コンクール応募】

【Concept】
 所は熊本県水俣市
沿岸漁民の主食とも言うべき魚介類の宝庫であった不知火海に包まれている。

ここは埋立地である。
不知火海に注ぎ込まれたヘドロを集積し、
密閉した埋立地になっている。
ヘドロとともに“事件”までもが埋め立てられている。

事件発生から50年を迎えようとしているいま、
「便利で豊かな生活」を追い求める世界の国々では
なおも数え切れないほどの“水俣病”を生み出しながら
近代工業化、産業の高度化を競っている。
…MINAMATAの教訓とは何だったのだろうか…

記憶を風化させてはいけない。
踏みつけられた過去の扉を開き
ここに記憶を刻み込む。

踏みつけられた記憶-Stamped Memories-を
刻み込まれた記憶-Stamped Memories-へと変換する。

【講評】
 熊本県水俣市において、水俣病の原因となったヘドロの密封された埋立地を敷地として、封じ込められた記憶を再生し、生きた記憶として、場所や人々の心に「刻み込もうとする」提案である。光の立体的な貫入、風景の重なりや取り込み、忌々しい加害工場の軸線との関係性、被害者の年齢を高さに反映させた灯火の見え方など、多様な視覚体験のデザインが最大限に工夫されており、卒業論文における生態幾何学研究で蓄積されたセンスが生かされていることがわかる。以上の通り、テーマの着想と優れたデザインが評価され、標記コンクールへの応募作品として推薦することとした。視覚的に印象づけられた様々な場所を結ぶ動線上のデザインにも配慮があれば、より一層充実した作品となったと思われる。